2015年7月
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アメリカのローウェル天文台のクライド・トンボーによって冥王星が発見されたのは1930年2月18日のことと伝えられている。 その85年後。2015年7月14日、トンボーの遺灰を載せたNASAの無人探査機・ニューホライズンズは冥王星に1万2500kmまで接近し、その詳細な画像を地球へ送り届けてくれた。2006年1月19日に打ち上げられてから実に3462日目のことだった。 冥王星へ探査機が到達して、その姿を見せてくれたのには本当にワクワクした。 1970年代の終わりから1980年代にかけて、同じようにボイジャー1号、2号が相次いで木星、土星、そして天王星、海王星の姿を見せてくれた。そのときの驚きに匹敵する出来事である。 そのボイジャーの探査によって、遠い外惑星の姿は判ってきたけれど、一度も探査機が行ったことがない冥王星の姿はこれまで謎のままだった。 地上の望遠鏡では光の点でしかない謎の星。ハッブル宇宙望遠鏡でも何かモヤモヤしたような様子しか判らない。わずかなデータで推察するしかなかった何とも判然としない天体である。 2006年に準惑星に変更されるまで、76年間にわたって太陽系第9惑星としてあり続けたこの天体は謎に包まれている故なのか、より想像力をかき立てる存在だった。それは、地上の望遠鏡でもある程度の姿が判る木星や土星よりも遙かに神秘的な存在だったのである。 そして、その神秘的な謎の天体は、「銀河鉄道999」ではヒロイン・メーテルの生身の体が保管されている場所であり、「宇宙戦艦ヤマト」では、作品冒頭での冥王星宙域での地球艦隊とガミラス艦隊の戦闘に始まり、シュルツ指令率いる冥王星前線基地を舞台としたガミラスとヤマトの前半の物語が展開される場所でもある。気にならない訳がない。 その探査機・ニューホライズンズが冥王星をフライバイする直前。冥王星を確認してみようと思った。 地上から見る冥王星は明るくなっても14等星で、とても肉眼で見えるものではない。これまで太陽系の惑星は水星から海王星までは肉眼で確認することができたけれど、この冥王星だけは見たことも、撮ったこともなかった。気になる天体とはいえ、14等という明るさはアマチュアが望遠鏡を向けるにはあまりに暗かった。 ところが、手持ちの望遠鏡で遠くの銀河を撮影してみると、意外にも14等星よりも暗い天体まで写る事がわかった。これならば透明度の良い日には冥王星の存在を確認する事ができるかもしれないと思うようになったのである。。 その冥王星は7月6日に衝を過ぎたばかりだった。「衝」とは、太陽と地球と外惑星が一直線に並ぶときのことで、地球と外惑星(冥王星)が一年でいちばん接近するときであり、外惑星が真夜中の0時に南中するときでもある。一番接近し、一番夜の暗い時間帯に位置しているという見つけるには絶好の時期なのだ。 難点は、冥王星のいる位置がいて座であるということだった。いて座は天の川が流れている場所で、銀河系の中心部にあたる場所になるため、天の川の濃度が最も濃い場所にあたる。このため、冥王星は天の川を背景として観測されることになるので、たくさんの星に埋もれて見分けが付きにくくなる。 さらに、いて座付近は天球上を動く冥王星が最も南に低くなる位置でもある。いうまでもなく、天体を見るには高度が高い方がクリアに見えるから、この点において若干のマイナスとなる。とはいえ、あまりに遠いところにある冥王星の天球上の動きは遅く、ここ数年の間はいて座付近に居続けることになっているから、しばらくの間この条件は変わらない。 7月11日。ニューホライズンズの冥王星最接近の3日間前、空が開いた。 南の空に天の川が立ち上がってきた。いて座の象徴的な南斗六星が林の上に輝いている。 星図にプロットされた冥王星の位置はいて座ξ1 とξ2 の少し東側だった。南斗六星の1つの星・いて座σ星から北へν1 ,ν2 とたどり、さらに北へ2°ほど望遠鏡を振ればξ1 とξ2 が視野に入ってくる。あとは、冥王星がいるはずの場所を中心にして撮影するだけだ。もちろん、望遠鏡を使っても、肉眼ではとても確認できない。 望遠鏡にデジカメを直接つけて、感度ISO1600にセットし、シャッターを切る。露出時間は2分だ。気温が高いと長時間露出をするデジカメの画像にはノイズがたくさん入ってきてしまうので、より鮮明な画像を得るには同じ場所を何枚か撮影して、それを重ね合わせることで、そのノイズを打ち消しあって、スムーズな画像を作る必要がある。 そうして出来上がった画像をパソコン上で見てみた。冥王星のあるべき位置を確認し、その部分をトリミングして強拡大して、星図のソフトを見比べてみる。その星図には14等星よりも明るい恒星が掲載されているのだが、星図に載っていない天体がいくつも写っている。この日の冥王星の視等級は14.1等だからどこかに写っているはすだ。慎重に星図と撮影した画像を付き合わせていくと、それらしいものにたどり着いた。これが冥王星なのか…? 星図にもっと暗い星まで掲載されていればたぶん明確にわかるのだろうが、このままでは正解とも不正解とも判断に迷うものだった。たぶんこれだろう…という程度で決定的とは言い難い。 これを決定的にするためには、再度同じ場所を撮影してみることだ。冥王星ならば移動しているし、移動していなければ、別のところに冥王星がいることになる。
2日後、チャンスはやってきた。ところどころに雲はあるけれど、いて座の南斗六星は確認できる。一度撮影しているので、星図は見なくても望遠鏡を冥王星のある位置までスムーズに向けることができた。そして、同じようにして数カットを撮影した。 こうして、2日の間をあけて冥王星のあるべき場所を撮影したものを並べてみる。 …すると、冥王星だと思っていた天体は全く動いてはいなかった。これは冥王星ではない。 そこで2つの画像を並べて、移動している天体を探してみると、後から撮影した画像では、冥王星だと思っていた星の隣に写っていた星が無くなっているのがわかった。冥王星だと思っていた天体とは10″も離れていない。その代わりに、わずかに西の方に最初に撮影した画像では写っていない天体が写っていた。天球上を西へ移動した天体−これがおそらく冥王星だ。
85年前、トンボーもこんなふうにして天球上を移動する天体を探し、冥王星の発見に至ったと伝えられている。 現在、天文のプロでもない我々でも、アマチュアが使う望遠鏡とデジタルカメラを使って、冥王星の存在を確認することができる。だが、トンボーの時代はデジタルカメラではなく、フィルムでもなく、さらにその前の写真乾板の時代である。低感度の写真乾板に長時間露光して、それを現像してやっと1枚の画像が得られる。それを天体の位置測定に使われるブリンクコンパレーターという装置を使い、移動した天体を探していたのだ。望遠鏡を使って撮影した画像を顕微鏡で見るようなものだ。未知の惑星の捜索に没頭するトンボーの地道な作業が偲ばれる。 ニューホライズンズが冥王星に到達する直前、地球上でこんなふうにして冥王星とトンボーに思いを馳せながら見えない冥王星でずいぶんと楽しませてもらった。 |
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