2015年6月
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クワゴマダラヒトリ Lemyra imparilis の幼虫 |
庭先に植えられたヤマユリの葉にいつも1匹のケムシ(毛虫)がいる、と言い出したのは連れ合いだった。退治しても退治しても、翌日になると必ず1匹新しいケムシがいるというのだ。それではまるでゾンビのようだが、昆虫界にはゾンビはいない(たぶん)。 ケムシの正体はクワゴマダラヒトリ(Lemyra imparilis)だった。ケムシの持つ雰囲気はあちこちで大発生を繰り返しているドクガ科のマイマイガに似ているが、ちょっと見ればその違いはすぐにわかる。 ヤマユリのすぐ上には大きなヤマグワの木があるので、おそらくそのヤマグワの葉を食べていたクワゴマダラヒトリが下に降りて(落ちて?)きているのだろう。ヤマグワの上の方の葉にはまだたくさんのケムシたちが順番を待つようにしているのかもしれない。もっとも、このクワゴマダラヒトリは何でも食ってしまうような悪食のケムシだから、ヤマユリの葉も食べようとしているのかもしれないが。 下に降りてきた運の悪いクワゴマダラヒトリの幼虫たちは、毎日のように1匹ずつ退治されていったのだった。 そんな日々が続いていたある日、その日の運の悪いケムシが眼にとまった。人間に見つかったのも知らずに、無心に猛烈な勢いでヤマグワの葉を食い続けている。頭を上から下に動かしながら食い続け、下までくるとまた上に戻って…の繰り返し。食いながら、お尻からは緑色の糞をコロッと下に落としたりもしている。その食いっぷりが妙に気に入ってしまった。まさに成長するために生きている、というような感じだ。 そこで、退治される前に捕獲することにした。プラスチックの小さなケースに食料として一枚のヤマグワの葉を入れて、そこに隔離である。 プラスチックのケースに隔離されても、その食欲は相変わらずだ。夜与えた一枚の葉は翌朝には葉柄さえも残さずにすべて食ってしまっていた。ケースの中には食った葉が姿を変えた緑色の糞が残されているのみである。 毛虫の毛は何のためにある? 確保したクワゴマダラヒトリを職場で見せ物にしていると、そんな事を聞かれたのだが、考えたことがないので返答に困ってしまった。 世の中にはケムシ(毛虫)と聞くとそれだけで身の毛もよだつ、という人もいるから、怖がらせるためだろうか。 ケムシの同類にイモムシがいる。どちらも蝶や蛾の幼虫で、毛が生えていればケムシ、生えていなければイモムシと区別できるが、その中間的なわずかに毛が生えているのもいるから、その境界線は微妙なところだろう。しかし、ケムシとイモムシを区別することは生物学的にはあまり意味があるとは思えない。 だが、ケムシとイモムシのどちらが嫌か、問われれば、多くのヒトはそれなりに選択する。ヒトの好き嫌いの問題は、感覚的なところに帰着するのだろうけれども、生物学的にどちらが有利なのだろうか。 ケムシもイモムシも最悪の事態は天敵に食われること。だから、少しでも食われないようにしたいといろいろな策略がある。あるものは擬態して、枝や葉や木の幹などに同化しようとする。あるものは体内に毒をためこみ、食ったら危ないぞ、アピールする。毒をためこむことができないものは、毒を持ったものに似せて天敵を騙そうとする。食われそうになったら、嫌な物質や臭いを放出する、等など、その工夫の数々はそれぞれ興味深いものだ。 ケムシの中には少数ではあるが、毒をもつ毛を持っているものもいる。ドクガが代表的なものだが、ドクガ科以外のものでもカレハガ科、ヒトリガ科、イラガ科などにも毒を持つ幼虫がいる。毛に毒があるというのであれば、これは身を守るには有効なものだろう。 あるいは、鳥などがケムシとイモムシをエサとするとき、どちらが食いやすいか、と考えてみると、やはり毛の無いイモムシの方が食いやすそうだ。食べて飲み込むとき、やはり毛は邪魔なものに思える。口吻を突き刺して体液だけを吸い取ろうというサシガメやシリアゲなどにとっても、毛が少しは邪魔になるはずだ…。 素朴の疑問の後、しばらくの間、そんなふうにケムシの毛の存在理由をとりとめもなく考え、ケムシとイモムシの優劣を考えていたが、しっくりとした答は見つからなかった。 クワゴマダラヒトリの幼虫を捕獲してから5日目。気が付けば幼虫はヤマグワの葉を丸めて、その中にマユとして籠もってしまっていた。前日、あまりの勢いで食べていたので、2枚のヤマグワの葉を入れて置いたのだが、その2枚の葉を上手に使って、その中にマユを作っていたのだ。ものすごい勢いで食い続けていたのは蛹化の直前の最後の食いだめだったのだろう。幼虫は7齢まで成長するというから、捕まえたときにはすでに7齢幼虫になっていたということになる。 どんなマユなのだろう…? |
ヤマグワの葉に巻かれて、マユの様子はほとんどわからない。そこで、ヤマグワの2枚の葉のうちの1枚を剥がしてみることにした。 慎重に上側に貼り付けられていた葉を取り除くと、その下には白い薄い糸でできたマユが顔をのぞかせた。カイコのようなしっかりとした厚いマユではない。薄い、よく見れば中が透けて見えるのではないかと思われるようなマユである。そして、もっとよく見れば、クワゴマダラヒトリの幼虫が吐いて作ったであろう白い生糸に、黒い真っ直ぐな極細の針のようなものがすき込まれている。これは幼虫の表面を覆っていた毛! クワゴマダラヒトリは口から吐いた糸を使うだけではなく、ケムシのシンボルである毛をマユの材料として使っていたのである。 ケムシの毛は何のためにある−? の問いに対する答えは、「ケムシの毛はマユの材料として利用するため…?」で正解だろうか。 調べてみると、毒のある毛を持つドクガの仲間には、こんなふうにして毒の毛をマユの表面に塗りつけることをするのがいることがわかった。これだと、マユに触れても痛い思いをすることになるから、マユを守るための有効利用である。そしてさらに、このタイプのドクガは羽化して成虫になったときにもその毒の毛を体にまとって防御とし、卵を産んだ後で、この毒毛のついた体の毛をその卵塊に塗りつけるという卵の防御にも利用するという。毒を持った毛は最後まで有効利用されるというになる。葉の裏や幹の表面や壁などにべったりと付いた黄土色の卵塊には迂闊に触らないのが賢明だ。 しかし、である。クワゴマダラヒトリはドクガ科のマイマイガに似ているとはいえ、毒の毛を持っていない。(マイマイガもドクガ科ではあるが、毒の毛を持つのは1齢幼虫だけで、大きなケムシになったら触っても痛くも痒くもない。) 毒のない毛をマユにすきこんで何の効果があるというのか。蛹になるときに邪魔になるので、マユの材料としたくらいにしか思えない。 いったい、ケムシの毛はなんのためにあるのか…? 素朴な疑問の答はまだ見つからない。 |
2枚のヤマグワの葉の中にこもった幼虫 葉を1枚はがすとマユが現れた |
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