2015年6月
フタリシズカ



フタリシズカ  Chloranthus serratus
2015.6.4. 榛名山西麓


 すっかりと緑に覆いつくされた雑木林の林床は、足を踏み入れるのに少し躊躇するような様相となった。冬の雑木林はどこでも歩けるが、この季節に雑木林の中を歩くのはそう簡単ではない。歩いていくと必ず何かの植物を踏みつけたり、ときには蔓に絡まったりしてしまう。
 そんな雑木林の林床の植物の中でフタリシズカが花をつけ始めた。
 大きな4枚の葉が十字のように開き、その真ん中から2本の花序が立ち上がって、小さな白い花をいくつも付けている。花序の下の4枚の葉は輪生しているように見えるのだが、横からのぞいてみると、実は対生で、90度くらいの角度で向かい合った2組の葉がわずかに段違いに付いている、ということをしばらく前に教えてもらった。
 季節を1ヶ月ほど戻すと、似たようなヒトリシズカがまだ歩きやすかった雑木林の林床に群生していたのだが、そのヒトリシズカの繊細な感じに比べて、こちらは一回りも大きく、力強ささえ感じるような姿である。
 榛名山のことではないのだが、この季節に奥武蔵や外秩父、あるいは奥秩父と呼ばれる山地を歩いてみると、以前に比べてフタリシズカの姿がやけに目につくようになった。下草が生い茂るはずのこの時期に、埼玉の山の林床は意外なほど草が無いところが多い。
 原因はシカである。生えてきた下草をシカが食ってしまい、シカが食わない植物だけが幅を利かせている。フタリシズカはシカに食われない植物のひとつなのだ。
 しかし、フタリシズカに毒があるという話は聞いたことがない。もしかしたら、人間に対しては毒性はないけれども、シカには効くという毒性を持っているのだろうか。それとも、イモムシや毛虫たちの多くが特定の植物の葉しか食べないのと同じように、シカもそんな性質を持っているのだろうか。理由はよくわからないのだが、とにかくシカはフタリシズカを食わない。
 シカが増えれば増えるほど、フタリシズカをはじめとするシカに食われない植物たちは分布を広げていくことだろう。なにしろ、フタリシズカが日照権を争うライバル達はシカたちがやっつけてくれてしまうのだから。最後に残るのはシカが食わない植物たちだけとなるのかもしれない。シカが増えすぎた結果の行きつく先は、単調な生態系だろうか。
 今、榛名山麓の雑木林のフタリシズカは藪の中に埋もれたようにして花をつけている。探せばあるけれども、探さなければとくにそれほど目に付かない、というフタリシズカの微妙な存在感は山麓の雑木林の健全性を示しているようである。
 埼玉の山地の様子を見るにつけ、鬱蒼とした雑木林の中で見え隠れしながら咲くフタリシズカは、目立つことなく、いつまでもそんなふうに咲いていてほしいものだと思うこの頃である。





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