2015年3月
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冬の蛾・フユシャクを探し始めたのは昨年の12月のことだった。 翅の無い、あるいは退化したメスの姿を見たいと、幾度となく冬枯れの雑木林の中を注意深く探して歩いた。昼間だけではなく、日が暮れた後の夜の雑木林もライトを片手に何度も探しに出かけた。真っ暗な雑木林の中で光るライトは限りなく怪しい光景だったに違いない。 こうして見つけることができたのは、クロテンフユシャク、ウスモンフユシャク、フタマタフユエダシャク。だが、どれも立派な翅を持つオスばかりだった。 気がつけば、いつの間にか冬は終わり、季節は春になろうとしていた。 それでも、気をつけていると、ときおり窓に照明に誘われてフユシャクがやってきていることがあった。クロテンフユシャクとホソウスバフユシャクである。 ホソウスバフユシャクは“フユシャク”とはいえ、早春の蛾で、冬の終わりを告げるフユシャクとも言える。そろそろフユシャク探しもシーズンオフである。 “オスがいるならメスだってそのうち見つかるだろう”と楽観していたものだが、ここまで探しても見つからないとなると、いよいよ今シーズン中にメスの姿を見つけるのは不可能なような気がしていた。 3月は暖かい日と寒い日が交互にやってくるようになる。昆虫たちも暖かくなるとどこからか這い出してきて、姿を見せてくれるようなる。冬というシーズンを活動の時期として選んだフユシャクも、やはり暖かい日の方が活動的のようだ。 そんな暖かい3月のある日、懲りることなく雑木林にフユシャクを探しに出かけた。いつも探していたのは西麓の雑木林だったのだが、この日は少し場所を変えて南麓へ。 榛名山南麓には植林されたスギやヒノキの人工林が多い。そんな植林の林に挟まれるようにして雑木林が所々にある。人の手を離れたような荒れた雑木林もあるが、適度に手入れされている雑木林も少なからず残っている。 きれいに手入れされている雑木林を遠慮して、少し荒れ気味の雑木林に入ってみた。 だが、車から降りて5分もしないうちに少し後悔した。それまで症状が治まっていた鼻水と目のかゆみが出てきたのだ。花粉症である。雑木林の両脇には杉林が続いていた。暖かい日ということは、スギ花粉もたくさん飛んでいたことだろう。スギ花粉の発生源に足を踏み入れたようなものだ。 それでも、しばらくの間いつものようにそこに生えている樹木の幹や落葉を慎重に見て歩いた。実は、この林では以前、季節は違うがレッドデータにリストされている植物を見たことがあるので、何か変わったものがいるのではないかという根拠のない期待が少しだけあったのだ。 30分も探した頃だろうか。何も発見できず、花粉の濃度だけがいっそう高くなったような錯覚を覚え始めたころ、直径が20cmはありそうな樹木の下の方に小さな白い昆虫らしいものを見つけた。白い体からは6本の脚が出ている。体長は5mmを少し超えるくらいだろうか。翅は見あたらず、とても蛾には見えない。だが、ここ数ヶ月の間探し続けてきた者には疑う余地もなかった。まさしくフユシャクのメスである。 じっと顔を近づけてもピクリとも動かない。小さな昆虫たちは、人の気配を察すると、コロッと地面に落ちて身を隠したりするのだが、そんな様子は全くなかった。いつまでも、飽きるまで眺めていても、まったく微動だにせずそこにしがみついているのだった。 近くにオスはいないか、そう思って付近を念入りに見回してみると、そこから2mも離れていない場所にもう1頭、同じようなフユシャクのメスがいた。それまでずいぶんと長い時間をかけて探してきたのに、2頭目の発見はあっけなかった。偶然なのか、それともいるところにはいるというものなのか…? 気がつけば、花粉症のわずらわしい症状をすっかり忘れていた。 ところで、このフユシャクのメスの正体だが、時期からして、そしてその姿からしてホソウスバフユシャクのような気がするのだが、クロテンフユシャクかもしれない。あるいは近縁の別種の可能性もある。似た姿をしているものたちが数種類いるので、メスだけでいたのでは同定するのはなかなか困難だ。メスの正体を見きわめるには交尾器を確認するというスペシャリストの領域になる顕微鏡的な観察が必要になるというからシロウトが迂闊な同定などできるものではない。 種名までつきとめることこそできなかったが、それでもシーズンの最後に、一目見たかったフユシャクのメスと出会うことができた。春の日のスギ花粉舞い飛ぶ雑木林の出来事である。 |
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