2015年10月
アワダチソウグンバイ



アワダチソウグンバイ    Corythucha marmorata
2015.6.8.  榛名山西麓


 今年6月に撮影した小さいながら特徴的な昆虫の正体がやっと判った。
 アワダチソウグンバイ −Corythucha marmorata − である。
 体長約3mm。イチゴを摘んでいるときに偶然目に入ってきたもので、群れていたり、葉が食害を受けているような様子でもない限り、なかなか見つけることはないだろうというような大きさである。まわりにもいるのかと探したのだが、見つけたのは1個体だけだった。
 小さいながらその形は特徴的である。背中の翅が軍配のような形に見えるのだ。おまけに頭部にもヒレのような突起が付いている。その姿はバイオリンにも見えなくはない。熱帯のジャングルにはバイオリンのような形をしたバイオリンムシという甲虫の仲間がいるが、もちろんそれではない。
 その特徴的な姿から、グンバイムシの仲間だろうということはすぐに見当が付いた。グンバイムシはカメムシの仲間・半翅目(カメムシ目)に属する一群だから、カメムシの図鑑を見れば見つかるはずだ、と思ってすぐに「日本原色カメムシ図鑑」(全国農村教育協会)を開いたのだが、どういうわけかこの特徴的なグンバイムシは載っていなかった。
 グンバイムシ科のいくつかの種類は確かに載っているのに、この特徴的な個体が載っていないとは…?
 その疑問が解決されたのは、やはり偶然に眼にした、どこかの県の病害虫防除所から出されていたアワダチソウグンバイの警戒を呼びかける病害虫発生予察情報だった。
 図鑑にも載っていないような珍しい種などではなく、新しい外来種だったのである。
 いろいろな県の病害虫防除所から出されている病害虫発生予察情報を調べていくと、日本でのアワダチソウグンバイの最初の記録は2000年8月、兵庫県西宮市のセイタカアワダチソウに付いていたものだったということがわかった。
 その5年後の2005年には兵庫県を中心に、東は静岡県、西は高知県にまで分布を広げている。この時点で確認されているのは14府県。
 2007年には21都府県。東へは栃木県、西へはついに九州へ上陸して佐賀県へと広がっている。群馬県で最初に確認されたのもこの年である。
 翌2008年には27都府県。東へは福島県や新潟県、西へは九州を南下して熊本県にまで分布が広がった。
 2010年には30都府県。
 各県の病害虫発生予察情報から、桜前線ならぬ“アワダチソウグンバイ前線”が兵庫県を中心として急速に拡がっていったのがわかる。
 だが、兵庫県から東へ侵攻してきたアワダチソウグンバイの勢いは少し鈍っているようにも見える。わずか8年間で兵庫県から福島県へ到達したアワダチソウグンバイだが、福島県の隣の宮城県で初めて確認されたのは2012年となっているから、ここでは隣県に移るのに4年という時間がかかっている。
 日本列島の形から、福島県までの拡大は東方向の成分が大きく、北方向への拡大は比較的少なかった。ところが、福島県から宮城県へは、北方向の進行になる。さらに拡大を続けるのならば、東に向かった“アワダチソウグンバイ前線”は北へ向かうしかない。北へ向かうということはより寒冷な気候の土地へ向かうということだ。
 アワダチソウグバイの食草は主にキク科の植物であることが判っている。だが、食害を受けている植物を挙げてみると、セイタカアワダチソウ、キク、ヒマワリ、ゴボウ、アスター、ブタクサ、サツマイモ、キクイモ、ナス、オオオナモミ…と、キク科だけにとどまらない。かなり広食性のようだ。この“なんでも食う”という性質は、生息範囲拡大の大きな原動力になっていることだろう。
 もともとの食草だったセイタカアワダチソウが日本に入ってきたのは1900年頃とされている。観賞用、あるいは蜜源として移入されたのが、戦後急速に日本全国に拡がっていった。その最盛期は昭和40年代で、現在は一時の勢いはないけれど、その分布をみると沖縄から北海道まで、すべての都道府県に分布し、さらに北へ向かって分布を広げているという記述も見つかる。
 そのセイタカアワダチソウの後を追うようにして、アワダチソウグンバイも全国に拡がっていくのかもしれない。そして、その陰では駆逐されていく従来の生物がいるはずだ。
 各県の病害虫発生予察情報は、農薬等を使った駆除を呼びかけているが、ここまで拡大した現状が元に戻ることは考えにくい。一度自然界に投げ込まれた生物が生態系に入り込んでしまったとしたら、もはやリセットはほぼ不可能といえよう。

 ヒトという種が地球に生息するようになるまで、海で隔てられたそれぞれの大陸や島では、それぞれの生物たちが独自の姿に進化し、独自の生態系を形作ってきた。地球の種の多様性はとても豊かだったことだろう。
 だが、ヒトという種は、自らが他の土地へ移動するだけではなく、海を隔てた場所へ本来ならば移動できないはずの生物たちを移動させてしまった。その結果、それぞれの場所で長く続いていた生態系は激変し、新たに入ってきた生物たちを巻き込んで再構築が行われた。それは、新たな生物が加わるたびに常に繰り返され、次第に地球全体で種構成は平均化されていくことだろう。
 豊かであった種の多様性は人類の拡大とともに少しずつ失われ、少しずつ地球規模で均一化された生態系が形成されていくという未来図。
 中生代末の生物大絶滅の引き金は巨大隕石の衝突が有力だと考えられているけれど、次の生物大絶滅は人類の存在が原因となるのかもれしない。あるいは、その大絶滅のシナリオはすでに途中のステージに入っているような気がしてならない。





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