2014年9月
SUPER MOON

スーパームーン



2014年9月9日の月


 「月は見えている?」
 帰宅するなり、テレビを見ていた連れ合いが聞いてきた。9月8日の「中秋の名月」の翌日の夜のことである。
  「今日はスーパームーンだよ。」ちょっと得意げにそう言葉を続けた。
 今年は「中秋の名月」と満月が一致しない年であるということは知っていたが、そう言われるまでその満月が「スーパームーン」であるというのは気がついていなかった。
 しかし、「スーパームーン」という言葉はいつからこんなに一般的に使われる言葉になったのだろう。月は古くからなじみ深い天体だったはずだが、「スーパームーン」という言葉を聞くようになったのはここ数年のような気がする。天文雑誌では古くから最遠の月と最近の月を比較するような写真を見かけたことがあったが、そこには「スーパームーン」という言葉はなかった。どうも、この言葉は天文学の言葉ではなく、占星術で使われる言葉から広まったようだ。
 月は南東の空に、雲を通してではあるがくっきりと輪郭をつくり、黄色っぽく輝いていた。職場を出るときには雲がかかって、その輪郭ははっきりせず、ぼんやりとそこに月があることくらいしかわからなかったのだが、帰宅する間に空の状態は少し回復したのだろう。
 月が出ていることを知ると、連れ合いもまだ前日の月見グッズが残されたままのベランダに出て、月を見上げた。
 「大きい!」
 たいてい、満月近くの月を見たときの連れの一言はこんなものである。
 肉眼でスーパームーンと普通の満月の違いがわかるとすれば、並はずれた鋭敏な視力と観察力とを持ち合わせていることになる。観察力は少しばかり鋭いものがあるとは日々思っていたが、とても、連れ合いがそんな良い目を持っているとは思えない。もしも、「大きい!」が、この日の月が他のときの満月に比べて大きく見えたとすれば、相応の思いこみが反映された結果だと結論づけたいところである。
 同じ日の月でも、地平線近くで見たときと、天頂付近で見たときではその大きさが違って見えるとよく言われる。地平線近くでは大きく、空高く昇った月は小さく見える、と。実感として確かにそれはあるように思う。だが、撮影した画像ではその違いはわからない。それは、地平線付近では地上に比較するものがあるので大きく見え、空に昇ってしまうと対象物がないので小さく見えるという、観察する人間の側に理由があると説明される。人の眼を通して得られた情報を分析する脳が錯覚するというのだ。

 月が地球のまわりを回る軌道は真円ではない。多くの天体の軌道がそうであるように、月もまた楕円軌道で地球のまわりを回っているのである。もう少し正確に書くなら、地球のまわりを回っているのではなく、地球と月の共通重心のまわりを回っているということになる。もっとも、地球と月の共通重心は地球内部にあるから、結果として月は地球のまわりを回ることになるのだけれど、地球も月のおかげで、振り回されているのだ。
 月の軌道が楕円軌道だということは、月と地球の距離が一定ではないということを示している。その楕円軌道を動いてきた月が地球に最も接近したときに満月になれば、スーパームーンというわけだ。
 この日、月と地球の距離は359070km(日本時間9:00のとき)。前後の日の距離を比べてみると、たしかに、満月のこの日の距離が一番近い。
 月の公転周期は27日7時間43.1分。月が地球のまわりを一回転してくるのにこれだけの時間がかかるわけである。この程度の周期で月と地球は近づいたり遠ざかったりしながら太陽のまわりを回っていることになる。
 調べてみると、9月9日に一番接近した月は、以降どんどん離れていって、最も遠い場所になるのは12日後の9月21日ころになる。そこからまた距離を縮めて、再び最接近するのは10月6日。10月6日は月齢12だからスーパームーンにはならないのだが、その代わりにその2日後の10月8日には皆既月食というイベントが準備されている。最接近の2日後だからまだまだ大きい月のはずだ。
 月刊「天文ガイド」によると、2014年に月が最も地球に接近したのは8月11日だった。このときの距離は356896km。そして、この日も満月だった。9月のスーパームーンよりもさらに大きいスーパームーンが空にあったことになる。最大級のスーパームーンである。
 そうだったのか、とあらためて思い返す。意識していたわけではないのだが、やはりこのスーパームーンも見ていた。それも迷惑な月だと思いながら。
 8月のこのころはペルセウス流星群の最盛期である。2014年の極大日の予想は8月13日だった。そんなときに邪魔をするのが、まぶしいばかりの月明かりである。だいたい3年に一度のペースで満月近くの日が極大日となってしまう。今年はその最悪のパターンだった。その極大日の直前、大きな月はたしかに上空にあって、明るい夜空を作っていた。よりによってあの月は最大限の大きさだったとは。
 “8月の満月は、いつもの満月よりも明るい− ” もしかしたら、このスーパームーンの情報をそのときに知っていたら、こんな錯覚とも、鋭い観察ともとれる、思いこみのフィルターのかかった満月の夜の情景を脳が見ることになっていたかもしれない。






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