2014年5月

サクラスミレ



サクラスミレ Viola hiritipes
2014.5.13. 榛名山麓

 5月中旬。雑木林のスミレたちの顔ぶれは早春のものとはずいぶんと変わってきた。
 春真っ先に花をつけていたヒナスミレはすでに特徴的な葉を残すのみとなり、ヒナスミレよりもやや遅れて見事なピンク色の花をついていたエイザンスミレもその花を見つけるのは難しくなってきた。相変わらずタチツボスミレは薄紫色の花をたくさんつけているが、その鮮やかさはやや落ちてきたようだ。葉が開く前に落葉をかき分けるようにして花茎をのばしてピンク色の花を見せていたアケボノスミレももう花を見ることはできない。
 代わって林床を彩っているのは、濃い紫色の花をつけたアカネスミレ、白い大きな花のマルバスミレ、そして小さな白い花のツボスミレ(ニョイスミレ)といったところ。
 ツボスミレがあちこちに咲き出すと、もう雑木林のスミレは終盤戦というイメージが強くなる。やがて、さらに季節が進んで雑木林の草丈が高くなった頃に、背の高いエゾノタチツボスミレが最後のスミレとして姿を見せてくれる。
 
 一面にチゴユリが白い小さな花をつけた足の踏み場もないような雑木林を慎重に歩いていくと、鮮やかな紫色が目にとまった。この時期の雑木林の林床には紫色の花がとくに多い。たいていの場合、その紫色の正体はタチツボスミレなのだが、アカネスミレやフデリンドウであることもある。
 近づいてみるとその紫色はスミレの花だった。だが、ありふれたタチツボスミレではない。タチツボスミレよりもずっと大きい花である。地上茎はなく、花茎も葉柄も根元からすっと立ち上がっている。地上茎の有無はスミレを見分ける大きなポイントとされていて、地上茎がなければスミレサイシンの仲間、ウスバスミレの仲間、ミヤマスミレの仲間、のいずれかに絞り込むことができる。
 この大きな花のスミレはミヤマスミレの仲間であるサクラスミレだった。だが、その色は“サクラ”とはかなり違う紫色だった。サクラ色といえばむしろヒナスミレの方がふさわしい。サクラスミレの「サクラ」はその花弁の先端がサクラの花びらのようにへこんでいることに由来するということで、その色には無関係なのだそうだ。
 いがりまさし写真・解説の「山渓ハンディ図鑑6・日本のスミレ」(山と渓谷社)によれば、サクラスミレは「スミレの女王」の異名を持っていて、日本の野生のスミレの中では一番大きな花をつけるとある。実物を目の前にしてみると、なるほど大きい。林床の中でひときわ存在感を際だたせている感がある。
 その花の色や形から、繊細さにおいてはサクラスミレはヒナスミレには及ばないように思うが、豪華さや存在感においてはやはり他のスミレを圧倒しているようだ。

 サクラスミレは榛名山の沼ノ原にもある。標高が高い分、山麓よりも少し花期は遅い。
 以前、沼ノ原で見たサクラスミレの葉には主脈に赤茶色の斑が入っているものが多かった。こんな葉に赤茶色の斑が入ったサクラスミレは「チシオスミレ」と呼ばれている。サクラスミレの学名は「Viola hiritipes」。チシオスミレの学名は「Viola hiritipes f. rhodovenia」である。学名は基本的に属名と種名を連記するのだが、さらにそのあとに「f」がついた場合には品種を表す約束である。品種は種よりも下位の分類になるからチシオスミレもサクラスミレも同じ種ということになるのだ。
 山麓のサクラスミレに赤茶色の斑の入った葉は見つけられなかったが、タチツボスミレには赤い斑が入ったものがたくさんあった。こんなタチツボスミレには「アカフタチツボスミレ」の名前がつけられている。やはりタチツボスミレの品種である。


 チシオスミレ  Viola hiritipes f. rhodovenia
2012.5.17. 榛名山・沼の原
 スミレの葉に斑が入るものはそう珍しいことではない。とくに白い斑が入るのは多くて、ヒナスミレの葉に斑が入ったものは「フイリヒナスミレ」などという品種の名前が付けられていたりする。この「フイリ」というのが頭につくパターンは多くて、ヒナスミレの他、「フイリシハイスミレ」「フイリフモトスミレ」「フイリミヤマスミレ」などいくつかの品種名を挙げることができる。
 そう考えると、サクラスミレの斑入りの品種の名前が「チシオスミレ」というのは少しひねりが入った命名であることがわかる。「フイリサクラスミレ」でもなく「アカフサクラスミレ」でもない「血潮」である。
 たかが葉に入る斑だが、その有る無しは同じ種とはいえ印象を微妙に変える。斑の入らない葉を基準とすれば、同じ種でも、赤い斑の入った品種は力強く、白い斑が入ったものは繊細なイメージである。もちろん、それも人それぞれの感性にも関係するところだろうが。
 榛名山の山頂付近でも赤い斑がはいった力強いスミレの女王はもう咲いているころだろう。





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