2014年5月

ハートを背負ったカメムシ



ニワトコの花にいたエサキモンキツノカメムシ

 つぼみの状態がしばらく続いていたニワトコの花が開き始めた。つぼみのときにはカリフラワーを思わせるような状態で、食べてみようかと思うような姿だったが、開花してしまうとそんな気もあまり起こらなくなってしまった。その代わり、円錐花序でたくさんの小さな花を集中してつけるニワトコの花は、夏の高原に咲くシシウドの花のようにたくさんの昆虫を引きつけてくれそうな様子である。
 その開き始めたばかりの花に1匹のカメムシを見つけた。
 背中に特徴的なハートのマークを背負ったエサキモンキツノカメムシである。学名は「Sastragala esakii HASEGAWA」。12文字も使った長い名前だが、これはエサキ・モンキ・ツノカメムシと3つに分解することができる。
 最初の「エサキ」は昆虫学者の江崎悌三博士。大正から昭和にかけて活躍した研究者で、自宅に何冊かある昆虫図鑑にもその名前を見つけることができる。また、オオムラサキを国蝶として提唱したことでも知られている人物である。だが、このカメムシを研究したのは江崎氏ではない。学名の命名規約では最後に命名者の名前を記すということになっているので、「HASEGAWA」 が命名者である。調べてみると、このカメムシが最初に記載されたのは1959年のことで、命名したのは旧農林省農業技術研究所の長谷川仁氏とわかった。江崎氏が亡くなったのが1957年だから、亡くなってから2年後に長谷川氏が江崎氏を偲んで命名したということなのだろう。
 「エサキ」に続く「モンキ」はこのカメムシの形態の最大の特徴といってもいい背中のハート形の紋を表している。「背中」は正確には小楯板と呼ばれる場所で、ここに黄色いハートマークを付けているのである。ただし、黄色いのはオスだけで、メスは白っぽいハートである。カメムシといえば独特な臭いを出すことで嫌われることの多い存在だが、この背中のハートは少しそれを和らげてくれるかもしれない。ただし、このカメムシも臭いを出す技を持っているので、嫌いな人は注意は忘れてはならないのだが。
 最後の「ツノカメムシ」はツノカメムシ科の仲間であることを示している。ツノカメムシの仲間は、「前胸」と呼ばれるカメムシの肩のように見える部分にトゲのような突起を持っている一群で、エサキモンキツノカメムシも例に漏れず“両肩”に尖ったトゲをつけている。
 このカメムシの形態上の特徴が背中のハートマークだとすれば、生態での特徴は「子育てをする」ということ。卵を産んだメスは、その卵が孵化し、幼虫が最初の脱皮をするまで子供達の上にいて、外敵から守るという昆虫らしからぬことをするのだとか。卵を産んだらそれで終わりというのがほとんどの昆虫界の中でこれは稀なケースだろう。
 エサキモンキツノカメムシはその長い名前と印象深いハートマークと昆虫とも思えないような行動で、その筋?ではちょっと有名な存在なのである。
 このカメムシの存在を知ったのはもう30年近くも前のこと。狭山丘陵の昆虫について書かれた牧林功著「雑木林の小さな仲間たち」(1985年・埼玉新聞社)の中にあったのを読んだのが最初だった。それ以来、この子育てをするハートカメムシを見てみたいと思っていたのだが、なかなか見る機会はなかった。一般的にこのカメムシはそう珍しいものではないというのだが、榛名山周辺で見つけたのはこれで2度目。最初に見たのは榛名湖畔で、数年前のやはり春のことだった。
 成虫で越冬した個体が翌年産卵し、夏には次の世代の成虫が出現するというから、大体いつのシーズンも成虫がいることになる。いれば目にする機会も多いはずなのにこれで2回目だから、このあたりにはそんなに多くはないのだろうと思っていた。ところが、隣にいた連れ合いは特にこれが珍しいというわけではないようで、たいして興味を示さない。よく見かけるというのだ。ちょっと、いや、かなりオドロキである。見たいと思ってもなかなか見つからないというのに、いつの間にか知らない間に何度も見ていたなんて…。
 エサキモンキツノカメムシの好む植物にはミズキ、イヌシデ、ハゼノキ、サンショウ、コシアブラ、ウド、ツタウルシ、ケンポナシ… と、調べればたくさんの種類があがってくる。だが、ついにニワトコにいたという例は見つけられなかった。ここにいたのは単なる偶然だったのか?すぐ近くには特に好むというミズキも生えていたから、偶然そこから飛んできたのだろうか。
 翌日、ニワトコのどこを探してもエサキモンキツノカメムシの姿は見あたらなかった。葉の表にはもちろん、裏側にも。隣にある若いミズキの美味しそうな若葉も丹念に探したが、やはりいなかった。
 翌日も。その翌日も…。
 ニワトコにいたのは白いハートを背負った個体だった。メスである。だが、まだ卵を守っているわけではない。産卵から子育ての季節は梅雨の頃から夏にかけて。これから子育てをするのに良い場所を探すのだろう。






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