2014年12月
冬の蛾をさがせ


 フユシャクと呼ばれる蛾の仲間たちがいる。他の多くの昆虫たちが姿を消した冬の間に活動するシャクガの一群である。フユシャク以外にも冬に飛ぶ蛾はいるのだが、フユシャクはそんな冬の蛾の代表的な種類といってよいだろう。
 多くの昆虫たちは、植物の地上部が枯れてしまったり、葉が落ちてしまうような冬の季節には成虫ではなく、卵かサナギのような動かない姿で最も厳しい季節を乗り切る。成虫で越冬するものも、落ち葉の陰や樹の皮の裏などにじっと隠れて、動こうとしない。
 それなのに、このフユシャクという仲間たちは寒風吹きすさぶ極寒の季節を選んで成虫が活動するのである。
 思い返せば、確かに寒い季節に蛾が飛んでいるのを見たことはある。たぶんそのときは気にもせず、「蛾だ」とくらいにしか思わなかっただろう。あるいは、何も思わなかったのかもしれない。だがよく考えれば、冬に飛ぶ蛾は相当に変わっている。
 そんな蛾を探しに、冬の雑木林に出てみた。
 すっかり葉の落ちた林にはさえぎるものがなく、北風が吹き抜けていく。冬の弱々しい陽射しは林床にまで届いてはくるが、地面を暖めるほどにはならない。12月の榛名山麓の雑木林の中は、晴れていても10℃には届かないことだろう。
 夏の間賑やかだった林床は、この季節、動くものの姿を見つけるのさえ困難だった。しばらくの間、林の中を歩いたり、落ち葉をかき分けたりして、やっとのことで見つけたのは越冬のために身をひそめたカメムシの仲間、落ち葉に見え隠れするコモリグモの仲間くらいでしかなかった。肝心の蛾の姿は見つからない。そんなに苦労しなくても見つかるだろうと安易に考えていたのだが、捜し物は探そうとすると見つからないものらしい…。
 やっと目的のものに出会えたのは、大した収穫もなく、少し歩き疲れて暖かい家の中へ入ろうとしたときのことだった。大きなコナラの根元に小さな白っぽいものが見えたのだ。これは…!と思って近づいてみると、それは何の変哲もない小さな蛾だった。白っぽく見えたが、近くで見ると明るい茶色で、あまり目立った模様もない。気にしていなければまず目にも入らなかったことだろう。だが、しばらくの間、ずっとこの姿を見つけようと歩きまわった末に出会ったこの蛾はまるで宝石のように見えた。調べてみると、これはどうやらウスモンフユシャク Inurois fumosa という種のようだ。オスである。
 フユシャクの仲間は飛べるのはオスだけで、メスは翅が退化してしまって飛ぶことはできない。メスはフェロモンを出して、オスがやってくるのを待っているのである。オスはごく平凡な蛾の姿をしているのだが、翅のない、あるいは痕跡のような翅しか持たないメスの姿はとても奇妙なもので、予備知識を持たないでそれを見たとしたら、それが蛾であるとは思わないことだろう。飛ぶのを見たという記憶の冬の蛾は、それがフユシャクであったとしたら、おそらくそれらはみんなオスだったのである。
 フユシャクを見るのならば、メスをぜひ見てみたい。
 だが、見つけやすいはずのオスをやっと1頭見つけるのが精一杯で、メスのいそうな木の幹や落ち葉の上をいくら探しても、もうそれ以上は何も見つけることはできなかった。


ウスモンフユシャク  Inurois fumosa
2014.12.13. 榛名山西麓

 その夜。やっと見つけたウスモンフユシャクのオスがいたコナラのところへ行ってみた。オスがいるということは、もしかしたら近くにメスがいるかもしれない。昼間はメスは見つからなかったが、もしかしたら夜になって、姿を現しているかも…と、淡い期待をしたのである。
 コナラの根元のオスがいたあたりをライトで照らしてみるが、そこにはもういなかった。昼間はじっとしていたのだが、さすがに移動したらしい。だが、ライトを木の幹に沿って少しずつ上に向けていくと、すぐにオスの姿は見つかった。オスの移動距離は50cmもない。しかし、期待したメスの姿はなかった。念のため、ライトで幹回りをぐるりとくまなく照らしてみたが、やはり何も見つけることはできなかった。
 その翌日も、期待はかなり薄れていたが、ライトを持って見に行くと、オスの姿は見つかるものの、やはりそれだけだった。
 3日後、オスの姿も消えた。あのオスはメスに巡り会えたのだろうか。

 その数日後のこと。12月の榛名山麓では珍しく、雪ではなく雪の混じった冷たい雨となったこの日の夕方、もうすっかりと暗くなった道路を近くに住むNさんの家へ向けて自動車を走らせていた。すると、まもなくNさん宅というところになって、ヘッドライトの光にたくさんの蛾が飛び交っているのが照らし出されてきた。Nさん宅から戻るとき、1頭を捕まえて見せてくれたが、それはやはりフユシャクの仲間だった。雨が降っていなければ、そこでフユシャク探しでもしたかったのだが、冷たい雨が降る夜に蛾探しはあまりに酔狂なことに思えて、そのまま帰ってきてしまった。
 翌日になって、散歩がてら連れ合いと二人で前日に蛾がたくさん飛んでいたあたりを捜索に出かけた。あれだけの数が飛んでいたのだから、昼間でも何頭かは見つかるだろうと、やはり楽観していたのである。あわよくばメスの姿も見られるかもしれない…と。
 ところが、あんなに飛んでいた蛾たちはどこへ行ってしまったのか、1頭として見つけることができなかったのである。昼間、フユシャクたちはどこに隠れているのだろう。
 それならば、と暗くなるのを待って、軽トラックで再びその場所を訪れてみた。夜になれば同じように飛んでいるのだろうと、まだ楽観していたのだ。だが、期待はことごとく裏切られる。同じような時刻だというのに、あんなにたくさんいたフユシャクたちは、姿を現してはくれなかった。車の前を横切って飛んだのはわずか1頭だけだった。
 後から思えば、あの冷たい雨の降る夜は、絶好のフユシャク日和だったのかもしれない。いつでも見られると思っていた冬の蛾は、見つけようと思うほどにどこかへ姿を眩ましていく。







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