2014年10月
|
ツチハンミョウ 2014.10.14. 榛名山西麓 |
花も終わり、風に倒れたアザミの葉の陰に、25mmほどの金属光沢の少し青みがかった黒色の昆虫を見つけた。形ばかりの上翅が大きな腹部の上に載っているが、とても飛ぶのには使えないだろうという形状である。ツチハンミョウだった。 一度見たら、その奇怪な姿は簡単には忘れられそうもない。甲虫の仲間なのだが、すぐには甲虫と思えない姿である。 ここ榛名山の西麓で見かけたのはこれで二度目。榛名山以外では、谷川岳の北側の茂倉岳あたりのお花畑で一度見かけたことがあるくらいで、そんなに頻繁にお目にかかれるものでもない。 日本にはこの仲間が7種類いるというのだが、榛名山で見かけたものと、谷川岳で見かけたものが同じ種類なのかはわからない。このとき見たものも結局「ツチハンミョウの仲間」としかここでは書くことができない。いつも後になって観察の足りなさを後悔するのだ。 ツチハンミョウは「ハンミョウ」の名前がついているが、“道おしえ”の愛称のあるカラフルなハンミョウ(コウチュウ目オサムシ科)とは関係のない昆虫で、その色と姿は、迂闊に手を出したら痛い目にあいそうな不気味さを漂わせている。毛虫やイモムシには触れても、こいつには素手では触りたくないという気持ちがある。色の様子を含めてその雰囲気はお尻から刺激臭を噴出させるマイマイカブリにも似ている。以前、マイマイカブリに痛い思いをさせられた記憶が頭のどこかに残っているためか、それと同類の“臭い”を感じるのである。あるいは、ハチの黄色と黒のストライプが警戒色として認識されるのと同じように、この手の青っぽい金属光沢もそんな力を持っているのだろうか。 後で調べてみると、その印象はまさにその通りだった。 ツチハンミョウは、危険を感じたときには体節などから黄色い液体を出して身を守るのだという。 その液体に触れると、数時間のうちに水泡ができ、粘膜に付いてしまうとすぐに皮膚炎を発症し、体内に入ろうものならば、吐き気と嘔吐、下痢、強烈な腹痛を引き起こし、最悪は死亡にまで至るという。その致死量は0.03g。ツチハンミョウの持つ毒はなんとも恐ろしい物質なのだ。 この毒の名前は「カンタリジン」。この名前もまた奇妙な名前だが、これはジョウカイボン科(カミキリムシに似た姿の昆虫の仲間・コウチュウ目カブトムシ亜目ホタル上科)の名前「Cantharidae」から付けられたものという。当然ながらジョウカイボンもこの毒成分を持っているし、カミキリモドキ、アリモドキなどにも同じものが含まれているようだ。 首都大学東京の林文雄教授によれば、このカンタリジンという物質に誘われてやってくるものたちもいるのだとか。ヌカカ(蚊)、アカハネムシの仲間、アリモドキの仲間、ザトウムシの仲間などである。補食されないために自らの体の中に毒成分を蓄えるためにやってくるもの、卵を食べられないように卵の中に毒成分を入れるためにやってくるもの、あるいは集合フェロモンと間違えてやってくるもの…。林教授はこんな自然界に存在するカンタリジンを介した相互作用系を「カンタリジン世界」と名付けている。 毒は見方を変えれば魅力的なものでもあるのかもしれない。 毒を味方に付けられれば心強い。カンタリジン世界の多くの生物たちがそうであるように、昔からヒトも毒を味方にしようとしてきた。 毒は使い方によっては薬にもなる、ということは多くの例が実証している。毒草としてすっかり有名になったトリカブトは漢方薬として利用されているし、食べたら走り回った末に死ぬというハシリドコロも「ロートコン」という生薬の原料である。アルカロイドを含む毒草のヒガンバナも「石蒜(せきさん)」という生薬になったり、アルツハイマー病の治療にも使われるのだという。 調べてみればカンタリジンも例外ではなく、薬用として利用されてきた歴史がある。その実際の効果は別として、病気の治療だけではなく、発毛剤や媚薬としても使われたことがあるらしい。日本の薬事法に基づいた医薬品の規格基準である日本薬局方にも、かつては「カンタリス」の名前で名を連ねている。 もちろん、毒は毒としても使われたようで、トリカブトの毒が毒矢に使われたり、戦(いくさ)、殺人事件でも使われたことは有名だが、カンタリジンもあまり表には現れてこないような裏社会での使用例があったようだ。日本では忍者が暗殺用の毒として利用していたのかもしれないという推測がある。 自然界では体内でカンタリジンを合成できるのはツチハンミョウの仲間とカミキリモドキの仲間の2グループのみだという。ツチハンミョウはまさにカンタリジン世界の中心にいる存在である。そう考えると、自然界の裏社会で生きている黒幕のような不気味さを感じるのである。 |
TOPへ戻る |
扉へ戻る |