2013年8月
ウマオイ


ハヤシノウマオイ  Hexacentrus hareyamai
2013.8.24. 榛名山西麓



 “スィ〜〜  チョ … スィ〜〜  チョ …  ”
 すっかりと暗くなった家の外から、“鳴き声”が聞こえてきた。ウマオイである。
 “鳴き声”とはいうものの、それは口から発せられるものではなく、薄い前翅をこすり合わせて出される音であるのは言うまでもない。
 ウマオイはキリギリスの仲間だが、キリギリスが昼間“鳴く”のに対して、ウマオイは暗くなってからである。そして、ウマオイと本家キリギリスは“鳴く”時間帯だけではなく、その姿でも区別は容易だ。
 ところが、ウマオイにはハヤシノウマオイとハタケノウマオイという2種類がいる。その姿は見ただけでは全くといっていいほど区別がつかない。素人がすぐにわかるとすればその“鳴き声”に頼るしかない。
 ハヤシノウマオイは「スィ〜〜  チョ … スィ〜〜  チョ … 」というように「スィ〜〜」と最後の「チョ」の間が空いていてゆったりしている。それに対して、ハタケノウマオイは「スイッチョ、スイッチョ、スイッチョ… 」と忙しいのである。
 この夜聞こえてきたのは“声”から判断してハヤシノウマオイだった。
 ライトを持って外に出て、“音”の主を探し当てると、ウマオイの姿が光の中に浮かび上がった。まぶしいくらいの光を当てられても、彼はその“声”をやめようとはせず、いつまでも“鳴き”続けている。
 それにしてもウマオイの“声”は高音だ。
 音の高低を示す数値に周波数というものがある。音波が1秒間に何回振動するかを表したもので、1秒間に1回振動したとすれば1Hz(ヘルツ)である。周波数が大きな数字ほど高音ということになる。
 村井貴史、伊藤ふくお共著「バッタ・コオロギ・キリギリス生態図鑑」(北海道大学出版会)によれば、ハヤシノウマオイの“鳴き声”の周波数は13.5kHz(=13500Hz,1kHz=1000Hz)とある。ハタケノウマオイは11.0kHzで、ハタケノウマオイの方が少し低い。
 人間が聞き取れる周波数は、一般的に20Hz〜20kHz(=20000Hz)とされている。20kHz以上の人間が聞き取れないほどの周波数になったものが超音波、逆に低すぎて聞き取れないものが超低周波音である。だが、人間は年齢とともに高音が聞こえなくなり、20kHzの音が聞こえるのはほとんど若者に限られそうである。それでも、普通の会話は1kHzくらいだというし、犬の鳴き声も、救急車のサイレンも同じ程度、少し甲高い赤ちゃんの泣き声が3kHzくらいになることがあるようだが、人間が生活していう上では、そんなに高い周波数の音まで聞こえなくても、それほど障害はなさそうである。
 「バッタ・コオロギ・キリギリス生態図鑑」に載せられているその他の主な“鳴く虫”の周波数は、ヒガシキリギリス4.4kHz、クビキリギス13.0kHz、クツワムシ8kHz、ツユムシ17.5kHz、セスジツユムシ13.5KHzなどとある。ヒガシキリギリスというのがいわゆるキリギリスで、これはそれほど高周波数ではないけれど、キリギリスに似た姿をした仲間には非常に高い周波数の音を出すものが多いことがわかる。
 別の資料では、カンタン1.7kHz、スズムシ3.2kHz、コオロギの仲間4〜5kHzというデータを見つけた。コオロギ、あるいはコオロギに似たものたちの音は、キリギリスたちに比べてずっと低音なのである。人間が聴きやすいのはこちらの方である。
 周波数は音の指向性にも関係してくる。高周波の音は低周波の音に比べて、指向性が高いという性質がある。別の表現をすれば、低周波の音はあらゆる方向に伝わっていくけれど、高周波の音は伝わっていく方向が限定されるということである。聴く方にしてみれば、低周波の音はどこが音源なのか見つけにくいのに対して、高周波の音の音源は見つけやすいということになるだろう。だが、その指向性の高さは、音の進んでいく方向に障害物があると音が伝わっていかないというマイナスの面を持っている。そのためか、高周波で“鳴く”ハヤシノウマオイたちは草の上とか、枝の中ほどとか、見通しの良い場所で“鳴いている”姿をよく見るのである。
 ウマオイたちは自らの“声”がどんな性質を持っているのか分かっているかのようだ。




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