2013年7月

アシナガバチハンター


 いつの間にか、家の壁面にコアシナガバチが巣を作っていた。人間の身長よりも少し高い所で、上を見上げなければ見つからないような場所だった。たいていハチの巣というのは気がつかないうちに工事は進行しているものである。
 この巣もすでに女王バチだけではなく、数匹の働きバチらしいのがいた。家の出入り口のすぐ近くだというのに、間抜けな人間は、女王が巣を作り、卵を産み、それが成虫になるまでの間まったく気付かずにいたのである。
 巣は急角度にそり返っていて、少し詳しい人ならばハチそのものを見なくてもハチの種類がわかってしまうほど特徴的な姿をしている。
 日本には11種のアシナガバチがいるというが、大きなセグロアシナガバチやフタモンアシナガバチなどに比べれば、コアシナガバチは名前の通りとても小さく見える。そのためか、怖いという感覚はあまりない。もちろん刺されれば痛いだろうが、身の危険を感じるほどでもないのだ。
 今年、家の周囲で一番見かけるアシナガバチはこのコアシナガバチだ。今年確認したコアシナガバチの巣は、ホオノキの葉の裏、まだ小さなブルーベリーの枝、そしてこの壁面と3つ目である。ホオノキの葉の裏の巣は女王が1匹だけで作っているとき見つけたのだが、そののち放棄されたようだ。ブルーベリーの巣は健在である。
 さて、この巣はどうしたものだろうか、とちょっとだけ考えた。人に影響がない場所ならばそのまま放っておいていいのだが、家の出入り口のすぐそばである。たぶんそのまま巣が大きくなったとしても人を刺すようなことはないとは思うのだが、100パーセント安全というわけにはいかない。
 結局、申し訳ないが、除去処分。噴射式の殺虫剤をちょっとかけると、あっという間に巣にいた成虫たちはバタバタと下に落ちてきた。
 
 そんなことがあった後、成虫たちがいなくなって、まだ1時間もたたない内のことである。再びその巣を見た。別に何かあると思ったのではない。ただ単に成虫たちはいなくなっただろうな、という確認のためである。
 すると、そこには予想もしない驚くべき巨大なハチがいた。小さなコアシナガバチの巣に不釣り合いな巨大な姿。1匹のスズメバチだった。遠くから見ては、それはオオスズメバチの大きさ。どうやら、コアシナガバチの幼虫が目的のようだ。これは危険な奴だ。
 とはいえ、とまった、それも1匹のスズメバチならばそんなに恐ろしくはない。可哀想だが、これも殺虫剤散布であっけなく撃墜。
 落ちてきたスズメバチを確認してみると、それはオオスズメバチではなかった。オオスズメバチに次ぐ大きさのヒメスズメバチだ。大きさを測ってみると、頭から尻まで約35mmもある。スズメバチの中ではおとなしい方で、毒性もオオスズメバチなどに比べれば弱いというが、その大きさから威圧感は相当強い。
 

 成虫のいなくなったコアシナガバチの巣へ幼虫狩りにやってきたヒメスズメバチ

 このヒメスズメバチはアシナガバチハンターである。他のスズメバチが幼虫のために何でも幅広く狩りをするのに、ヒメスズメバチが狙うのはアシナガバチだけ。それも成虫には用が無く、幼虫とサナギだけを狙う。他のスズメバチは狩りをして、獲物を肉団子にして幼虫のために巣へ持ち帰るが、ヒメスズメバチはアシナガバチの幼虫・サナギの体液を吸い、それを自らの巣へ帰ってから幼虫に与えることがわかっている。ときどき、まだアシナガバチの巣が大きくなっていくはずの時期に成虫たちがいなくなっているのを見るのは、作るのを放棄したというより、このアシナガバチハンターに襲われてしまった結果かもしれない。
 この狭い食性のため、ヒメスズメバチはアシナガバチが巣を作りはじめなければ自らの巣をつくることができない。仮に巣を作ることはできても、幼虫に食わせる餌がないのでは、巣を作る意味がない。アシナガバチの生活にあわせて、自分たちの生き方を決めるとは、なんとも自由度の少ない選択をしたものである。
 それにしても、コアシナガバチの巣を駆除してから、ヒメスズメバチがやってくるまで早かったこと。どこかで見張っていたかのようだ。
 このコアシナガバチの巣はすでにヒメスズメバチに目をつけられていたのだろうか。アシナガバチの巣がそんなにたくさんあるとは思えない。もしかしたら、ヒメスズメバチは常にパトロールをしていて、どこにアシナガバチの巣があるのかを把握していて、ころあいを見計らって幼虫たちを襲っているのかもしれない。
 このたびの人間の都合による介入は、コアシナガバチにとってはもちろんのこと、ヒメスズメバチにとっても想定外の出来事だったのではないだろうか。








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