2013年10月

シュレーゲルアオガエル



シュレーゲルアオガエル Rhacophorus schlegelii

 オオバギボウシの大きな葉の上にシュレーゲルアオガエルを見つけた。
 “シュレーゲル”という、日本のものではないような名前は、オランダのライデン王立自然史博物館の2代目館長であるヘルマン・シュレーゲルに由来するという。
 ライデン王立自然史博物館は、江戸時代にシーボルトが持ち帰った日本の生物の多くの標本を所有している所で、このシュレーゲルアオガエルの標本もやはりシーボルトが持ち帰ったものの一つなのだとか。皮肉なもので、日本的ではない名前をつけられたこのカエルは日本固有種で、北海道をのぞく日本全国に分布している。
 シュレーゲルアオガエルはアマガエルよりも一回りくらい大きい緑色をしたカエルである。とはいえ、遠目でちらっと見ただけではアマガエルと間違えるかもしれないような大きさの違いである。
 だが、大きさと色こそ似ているけれど、分類上は、シュレーゲルアオガエルはアオガエル科、アマガエルはアマガエル科で、あまり近縁というほどでもない。
 見かけ上、両者を見分けるのは難しいことではない。顔を見れば、アマガエルは鼻先から鼓膜の後ろにかけて黒っぽい帯状の模様が入っているのに対して、シュレーゲルアオガエルの顔は緑色一色で、この黒い部分がない。さらによく見れば、口先もシュレーゲルアオガエルが尖っているのに、アマガエルの口先は尖ったようには見えない。
 シュレーゲルアオガエルのユニークなところは、その育ち方である。
 カエルの卵といえば、普通は水の中に産む。両生類であるカエルの子供・オタマジャクシはエラ呼吸をするので、水の中でしか生きられない。その上、殻のない卵は乾燥に弱く、水の中に卵を産むのはカエルにとって、ごく自然なことのように思える。
 ところが、シュレーゲルアオガエルは水の中には卵を産まない。水の中ではなく、水際の土の穴の中や草むらの中などに、泡に包まれた卵塊として産むのである。以前、埼玉県本庄市児玉町の田んぼの脇で見た卵塊は野球のボールくらいの大きさでクリーム色をしていた。
 この卵塊の中で孵化してオタマジャクシとなったのち、雨が降ったときに雨水に助けられて水の中に出ていくのである。卵塊から出たばかりの小さなオタマジャクシを少しの間飼ったことがあったけれど、黄色い姿で、それは弱々しいものだった。
 卵塊の中で孵化するまでの期間は約2週間だという。この間に、日照りとなれば卵塊は乾燥してしまうかもしれないし、大雨が降れば孵化する前に流されてしまうかもしれない。さらに、タヌキなどが卵塊を掘って食べるという話もある。実にリスキーな育ち方をするものである。
 こんな泡の卵塊を産むものには、別種のアオガエルであるモリアオガエルというのがいる。姿はシュレーゲルアオガエルとよく似ているが、こちらのほうがずっと大きい。そして、シュレーゲルアオガエルがやや開けたところに生息しているのに対して、モリアオガエルは文字通り森の中が生活の場だ。卵塊も地上ではなく、沼などの水の上に張り出した木の枝にくっ付けて産む。
 幸運にもオタマジャクシとなって田んぼの中や池の中へ出て行ったものたちを待っているのは、いち早く卵から孵った他の種類のオタマジャクシたち、肉食の水生昆虫、鳥、爬虫類、獣…。とくに競合しているアマガエルのオタマジャクシはシュレーゲルアオガエルのオタマジャクシの強敵らしく、捕食されてしまうこともよくあるようだ。
 そうやって、ものすごく小さな確率で生き残ったものたちだけが、緑色した美しいカエルになれるのである。


別の葉の上にいたもう一匹のシュレーゲルアオガエル

 シュレーゲルアオガエルがのっているオオバギボウシの葉は、もうしばらくすると茶色くなってくるはずだが、まだみずみずしい緑色をしていた。芽生えのころには「うるい」という名前で呼ばれる山菜でもある。
 よく見れば、別の葉の上にも、別のシュレーゲルアオガエルがいた。オオバギボウシの緑色よりも黄色みがかった鮮やかな黄緑色の体色である。すっかり保護色となって、葉と同化したようになっていて、2匹目はしばらく、その存在を認識できずにいたのだった。
 そういえば、祖父がまだ生きていたころ、「げえろっぱ」と呼んでいた植物があったことを思い出した。今思えば、それはギボウシの葉だった。「げえろっば」は「蛙っ葉」だろう。それがどんな由来なのか、もう知る術もないのだが、ギボウシの大きな葉の上に、ちょこんと載った緑色のカエルはまるで絵本のようだ。
 オオバギボウシの葉の上にいたシュレーゲルアオガエルの故郷は、おそらく、道路を挟んだ向こう側にあるIさんの田んぼ。春先、田んぼに水が入るころになると、カエルたちの大合唱が始まる場所である。
 シュレーゲルアオガエルに限らず、両生類であるカエル一族は淡水の水辺がないと生きていけない。田んぼは彼らにとって、重要な生息環境なのだ。
 だが、このあたりでも休耕田をよく目にする。この近くで、まだ田んぼを作っているのはIさんだけになってしまった。戦後の開拓で始まったというこの周辺の集落では、当時、田んぼで稲を作っていた農家がいくつかあったと聞く。だが、今、そのほとんどの田んぼには水はなく、林に還ろうとしているものも少なくない。
 シュレーゲルアオガエルにとって、他の生物に捕食されることよりも、その命を繋いていく場所そのものがなくなってしまうという、もっと大きな脅威が見え隠れしている。






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