2012年9月
アズマヒキガエル



 オタマジャクシから変わったばかりのアズマヒキガエル− Bufo japonicus formosus  − の小さな子供
                         2012.9.1.  東吾妻町萩生


 雨あがりの庭先を小さなカエルがのそのそと歩いていた。
 黒っぽく見えるその姿からアマガエルとは違うということはすぐにわかった。茶色系統のカエルならばこのあたりではアカガエルやヤマアカガエルをよく見るが、彼らの移動は“歩く”というよりは“飛び跳ねる”というほうが普通だ。のそのそと歩いたりはしない。 あの歩き方はヒキガエル。近づいてみると、体中にイボイボを覆った姿だ。紛れもないヒキガエルの子供。体長約2cmといったところだろう。いつも見る大きな姿のヒキガエルに比べて、ミニチュアのようだ。
 このヒキガエルは正確には「アズマヒキガエル」という種。ヒキガエルもすみ分けをしていて、本州の東にいるのがアズマヒキガエル、本州の西と四国や九州にいるのがニホンヒキガエルである。両者は亜種の関係にあって、それほど大きな違いはない。形態上は眼の後にある鼓膜の位置や大きさから見わけることができるのだが、榛名山麓でこの姿を見ればそれはアズマヒキガエルと思っていい。
 ヒキガエルは大きいカエルである。中には体長15cmを超えるものもいる。樹木の洞の中とか、炭焼きの跡とか、思わぬところで巨大なヒキガエルに遭遇するとびっくりするものだ。日本にいる最大のカエルはウシガエルだが、それに負けないくらい大きな個体も珍しくはない。
 おもしろいことに、この大きなカエルたちの育ち方は対照的である。ヒキガエルは大きいからオタマジャクシも大きいかというと、そんなことはない。池や沼で見る体長10cmを超えるような巨大なオタマジャクシはみんなウシガエルの子。このオタマジャクシは越冬し、1年以上かかって大きな子カエルに成長していく。それに対して、ヒキガエルのオタマジャクシは数ヶ月で小さなカエルの姿に変わり、そこから大きく成長していくという。オタマジャクシで大きくなるウシガエルと、カエルの姿で大きくなるヒキガエル。もっとも、ウシガエルもカエルの姿になってからもぐんぐんと大きく成長するのだけれど。
 ヒキガエルの体色も興味深い。色彩はバラエティーに富んでいて、こげ茶色、黒っぽいの、赤っぽいの、斑模様を持つもの、などいろいろなタイプを今までに見てきた。それに加えて、イボイボの目立つものもいれば、それほどでもないものもいる。見慣れない人にはみんな別の種類のカエルに見えてくるかもしれない。これは遺伝によるものなのか、それとも環境に依存するものなのだろうか。
 これまでもここでヒキガエルはときどき見かけた。ジャガイモを掘っていたら土の中から出現した奴、夜の干台の下で鳴いていた奴、積み上げてあった石の下から現れた奴、連れ合いの靴の中に隠れていた奴、積み上げられていた粘土の陰に隠れていた奴…。それらは大きさも色彩も同じようだから、ヒキガエルがたくさんいるのではなく、その実体は1匹なのかもしれない。それにしても、意外なところに潜んでいて、ハプニングで発見されても、いつも悠然としている。本当に動じない奴だ。
 ところで、ヒキガエルは毒を持つカエルとしても知られている。
 皮膚からブフォトキシンと呼ばれる毒液を分泌するのだという。誤ってこの毒液が目や粘膜に付いてしまうとたいへんなことになるらしい。筑波山には有名な「ガマの油」というのがあるが、本来あれはヒキガエルが「たら〜り」とたらす毒液なのだろう。毒と薬は紙一重で、使い方によれば毒も薬になるということか。
 ヒキガエルの皮膚から分泌される毒は攻撃のためではなく、身を守るための毒で、このおかげでカエルの天敵であるヘビもヒキガエルには手(口?)を出さないという。唯一、ヤマカガシをのぞいて。
 そんなわけで、ヒキガエルの天敵はヤマカガシということになる。ヤマカガシはヒキガエルの出す毒液・ブフォトキシンをものともせず、ヒキガエルを丸呑みにする。
 それだけではない。
 ヤマカガシは1970年代になってから毒ヘビとして認識されるようになった。無毒だと思われていたヤマカガシに子供が噛まれて死亡するという事故が起こって、実は毒ヘビだということがわかったらしい。そのヤマカガシの毒には2種類あって、口の奥にある毒牙からの出血毒と、首付近にも毒腺を持っていて、そこから毒液を飛ばすことがあるという。より強力なのは噛まれた場合だが、皮膚から飛ばされた毒液が目に入ったりすると、失明することもあるというからこちらも怖い。
 その首付近の毒腺から飛ばされる毒は、ヒキガエルの毒と同じ。というより、ヤマカガシはヒキガエルを捕食して、その毒を自らの毒として利用するということが判っている。
 ウマノスズクサの毒をため込むジャコウアゲハ、アセビの毒をため込むヒョウモンエダシャク、魚ではプランクトンの毒を生物濃縮でため込むフグなど、食ったものからエネルギーをもらうだけではなく、毒もちゃっかりと利用させてもらうというのは自然界ではときどきあることのようだ。
 ヒキガエルにとって幸いなことに、狭い範囲ではあるけれど、引っ越してからこれまで敷地内ではヤマカガシを見たことがない。
 
  一般的にカエルの子(=オタマジャクシ)の生存率は著しく低いとされているが、やっと体長2cmほどのアズマヒキガエルの姿にまで成長したこの子は無事に大きくなることができるだろうか。

ときどき現れてはびっくりさせられるアズマヒキガエル
これはジャガイモ畑を掘り返したら現れたもの
                  2012.7.28. 東吾妻町萩生







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