2012年7月
ヤマユリ



 どうして、ここにはヤマユリがないのだろうか…?
 この地へ引っ越してきて、機会があるごとに連れ合いは繰り返し残念そうに言う。
 たしかに、雑木林の広がる山麓はいかにもヤマユリがありそうな環境である。だが、家の周囲を歩いてみても、付近の道路を走ってみても、自然に生えているヤマユリを見かけることはない。白い大きな花で、雑木林の緑色の中にあれば、見落とすことはまずないだろうから、少なくとも目につくところにはないのだろう。
 たぶん… 昔はたくさんあったのだけれど、目につく花なのでみんな盗られてしまったのだろう、とは連れ合いの想像である。ユリの根はイノシシも好きだから、イノシシがみんな掘り返してしまったのかも、と別の仮説も立てるが、地味なウバユリは雑木林のいたるところにあるから、その説はあまり成り立ちそうにない。
 連れ合いは自生のヤマユリを早々に諦め、道の駅や近くの直売所でヤマユリの苗を買ってきて、庭で育て始めた。
 ところが、今年、ついに見つけた。たった1株だけれど、間違いなくヤマユリである。近くを道路が走っているが、道路からは見えない場所で、たぶんその存在を知っている人はほとんどいないだろう。
 連れ合いが庭に植えたヤマユリの様子を見ながら、ときどきその自生のヤマユリの成長を見に出かけた。庭のヤマユリの成長と自生のヤマユリの育ち具合はほぼ同じくらいだったから、花の咲く時期を見逃すことはないだろうと思っていた。
 しかし、自然界はそう簡単なものではなかった。
 2012年6月20日。台風4号が群馬を直撃した。自宅ではかなり太くなっていたエドヒガンの一番太い幹とウワミズザクラが根元から倒れ、ベランダの手作りの波板の屋根が吹き飛んだ。近所でも大きな木があちこちで倒れ、道をふさいだりもした。雑木林の中の細い木もかなりの数が折れたり、根元から傾いたりしている。移り住んでから、もっとも激しい風だったに違いない。その片付けには台風の過ぎ去った数日が必要だった。
 例のヤマユリのところへ行ってみたのは、少し日数が経過して、落ち着いたころだった。
 そこへ行くまでに、上から落ちてきた枝でたくさんの下草が下敷きになっているのを見た。春の背丈の低い草本に代わって、競うように背を高くのばしている夏草が折れたり倒れたりしている。ヤマユリは大丈夫だったのだろうか…。
 その場所へたどり着き、緩やかな斜面を見上げると、ヤマユリは庭のヤマユリと同じくらいの高さに斜めに立ち上がり、風に揺れていた。強風にも倒れず、上からの落下物もなかったらしい。だが、近づいてよく見ると、なんと先端部が折れていた。遠眼では何ともないように見えたが、無傷ではすまなかったようだ。その折れた先端部にはすでに枯れかけた2つのつぼみがついていた。今年の花はダメだ。もう開花までの秒読みが始まりそうなところまできていたのに、残念なことをしたものだ。
 

つぼみの下で折れてしまったヤマユリ
 だが、盗掘ではなく、自然界の中の一つの出来事だったというのはまだ救いがある。今年はダメでもまだ球根が無くなってしまったわけではない。また季節が一回りすれば、その白い大きな花を林の中に見ることができることだろう。天文現象と違って、動植物は絶滅しない限り、くり返しくり返し1年ごとのサイクルで同じような姿を見せてくれる。
 金星の太陽面通過は105年後のお楽しみになってしまったけれど、ヤマユリはたった1年の辛抱である。




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