連れ合いの焼き物の展示室の入り口を覆うようにしてあるモッコウバラの茂みは鳥たちの憩いの場所である。 冬の間、鳥の餌台に置かれたヒマワリの種をくわえたシジュウカラやヤマガラはここに来てはゆっくりと割って食べているし、スズメがいるころにはスズメたちのお気に入りの場所だった。あるいは、冬にまれにやってくるベニマシコもつがいでここに滞在したりしたものである。最近では桜の花にやってきていたメジロの休息の場にもなっていた。一時期はガビチョウが占拠して、けたたましく鳴くこともあった。ヤブのようになった茂みは鳥たちとって絶好の隠れ家を提供しているのである。
モッコウバラの葉が青々と茂り、そのヤブ度がさらに増した5月中旬。気がつけばそこに2羽のキジバトがいた。最初はたまたまやってきたのだろうとしか思っていなかったのだが、時間の経過とともに、彼らのモッコウバラの茂みへの執着は相当のものであるらしいことが判ってきた。最初のうちは、人が近づけばそれなりに逃げたし、しばらくはそこからいなくなっていた。だが、数日のうちに、人に慣れたのかだんだんと逃げなくなってきた。そして、たとえ逃げてもすぐに戻ってくる。 もしかして、ここに営巣…? やがて、お客さんがやってきて、庭で焚き火をしたり、モッコウバラの下で話をしていても、もういっこうに構わずキジバトはモッコウバラの茂みに滞在するようになった。そして、ついに、人が近くにいるというのに、茂みの中で鳴き出した。 “デッデッ ポッポー…” “デッデッ ポッポー…” あるいはカエルの鳴き声にも聞こえるような、何とも書き表せないような鳴き声も。ただ、人に遠慮しているのか、心なしか、キジバトの鳴き声はずいぶんと小さいように感じられたけれど。 鳴き声の意味するところを調べてみると、“デッデッ ポッポー”は繁殖期の相手を求めるときか、縄張り宣言。そしてカエルのような声は巣を作る場所が決まったときとあった。 そして、ついにキジバトは枝をくわえて飛んで帰ってくるようになった。もう決定的である。 翌日も枝をくわえたキジバトが頻繁にモッコウバラの茂みに飛び込んでいくのが見えた。庭で寝ころんでいたネコも、そんな様子を見かけるたびにすっくと立ちあがって、様子をじっと見ている。連れ合いも何かにつけて口を開けて見上げている。お客さんの子供はかなりしつこく写真まで撮っている。みんなの注目の的である。 仕事に出かける前に、モッコウバラの下に行って見てみると、やはり1羽のキジバトがお尻を向けてそこにいた。よく見れば、そのお尻の下には細い枝がまばらに敷かれている。建設中の巣はキジバトのいつもいる場所にあったのだ。 キジバトの巣はかなり粗雑なものだと聞いたことがある。あまりこだわりがなく、使い古しの昔の巣も使うことがあるとか。が、この状態ではいくら何でもまだ雑すぎる。卵を産んでも下に抜け落ちてしまいそうなザル状態だ。これからこの巣がどれくらいまで立派になるか見ものである。 さらに興味深いのはその役割分担である。キジバトについて書かれたものを読んでみると、営巣場所を探すのはオス。メスが場所を気にいれば、オスが枝を運んできて、メスに渡し、メスはその枝を足元に押し込んで巣を作るのだという。だからメスが営巣場所にじっと座ってオスの持ってくる小枝を待っていたのだ。そんな作り方だから精巧な巣は到底期待できない。 見ていると、オスのくわえている枝はいつも1本だけ。それなのに、メスは受け取った枝を落とすこともよくあるという。さらに、落とした枝は拾わないのだとか。枝を1本1本くわえてくるオスと、それを落としてしまうメス。いつもののんきそうな外見と行動はここでも遺憾なく発揮されているようだ。 モッコウバラの茂みをのぞき込んで、いつもいるのはメス。枝をくわえてバタバタと盛大に飛び込んでくるのはオス。そう分かって見ていると、また一段と興味が深まってくる。 一度に産む卵は1つか2つらしい。粗雑な巣ではそれが精いっぱいというところなのだろうか。卵を抱いているのは15日くらい。それも分業が成立していて、夜抱くのはメスで、昼間抱くのはオスの仕事なのだとか。 さらに巣立ちまで15日くらい。合計約1ヶ月かかって、子育てが終わる。
これから1ヶ月。人とネコの注目の中で、無事にキジバトは巣立つことができるだろうか。ネコの狩猟本能に火が付いてしまうことを含めて、心配は山積みである。 |
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