2012年11月

地衣類


 庭の中を通る小道の両脇に置かれた石の表面にいつしか地衣類が根付いていた。淡い水色をした地衣類である。
 地衣類が付いている石は“浅間石”と呼ばれる石で、もともとここにあったものではなく、庭を造るときに植木屋さんがどこからか運んできたものだった。こげ茶色の多孔質の岩石で、溶岩が冷えて固まったものである。岩石に空いた無数の小さな穴はマグマの中に溶けていた火山ガスが発泡してできたものだ。このような岩石は、溶岩流の表面でできるもので、浅間山をはじめとして、富士山などでも見ることができる。ただ、どんな溶岩流でもできるというわけではなく、粘り気の少ないゲンブ岩質のマグマの流出や、火山弾などで見られることが多い。
 庭に置かれた“浅間石”はおそらく正真正銘・浅間山のものだろう。榛名山ではこんな溶岩は見たことがない。
 庭の地衣類はどうしたわけか、この“浅間石”がとくに好みのようだ。榛名山起源の安山岩もいくつか転がっているというのに、“浅間石”の地衣類ばかりがよく目立っている。穴がたくさん空いているのが良いのか、化学成分が良いのか…?花崗岩のような酸性岩に好んで固着するチズゴケという地衣類が知られているから、ゲンブ岩質のような塩基性岩を好むのがいても不思議ではない。
 この“浅間石”がここへやってきたときには、地衣類など付いていた記憶はない。したがって、岩石は他所からやってきたのだけれど、地衣類自体は榛名山麓産のものなのだろう。
 地衣類というのはかなり変わった生物である。コケの仲間と思っている人もかなり多い。地衣類の名前に「○○ゴケ」という名前が付いていることでさらにその混乱を広げているようだ。
 コケは維管束系を持たない植物である。もちろん花を咲かせることはないのだが、太陽の光を利用して光合成をしている立派な植物だ。一方、分類上、地衣類は植物ではない。
 地衣類という生物は、菌類と藻類が一緒になっている生物なのである。菌類とは担子菌や子嚢菌というもので、キノコと同じ仲間。また藻類とは緑藻や藍藻などである。
 菌類は光合成をしない。その代わりに地衣類の菌類は菌糸で地衣の体を作る。かたや藻類はその地衣の体の中に入り込み、光合成をしてエネルギーを作り出す。共生である。驚いたことに、地衣類の体の中の藻類を取り出して培養すると、共生する菌類がなくても生きられるのだとか。そんなわけで、共生している藻類にはまた別の学名が与えられていて、地衣類は今、菌類として分類されているのである。


キゴケの一種・ヤマトキゴケ? 

ジョウゴゴケの仲間?

 さて、“浅間石”についた地衣類は何だろうか。
 地衣類は形態として、大きく痂状地衣(固着地衣)、葉状地衣、樹状地衣の3つに分けられる。痂状地衣は石や樹木にぴったりと張り付いたようなもの。葉状地衣はウメノキゴケに代表されるようなもので、一部が何かに張り付き、その他の部分はヒラヒラと葉のようになっている。一番コケと間違えられやすいのこのタイプだろう。樹状地衣は、枝のように突起となっているタイプである。サルオガセなどもこの仲間だ。
 ルーペで拡大するまでもなく、その姿は樹状地衣の仲間であることはすぐわかった。
 樹状地衣類はキゴケの仲間とハナゴケの仲間がよく似ている。図鑑の検索によれば、樹状の茎のようになっている部分が中空ならばハナゴケの仲間、つまっていればキゴケの仲間、と見分けられるとあった。
 さっそく一つをつまんでカッターナイフで切って、ルーペで見てみる。すると、中は灰色の何かで満たされている。菌糸が絡みあった随層だろう。とすれば、これはキゴケの仲間ということになる。
 樹状になった先端にはこげ茶色のマッチの頭のようなものが付いているのが見えた。図鑑との絵あわせではヤマトキゴケというキゴケの仲間が一番近そうである。
 隣にあるのは、マッチ棒ではなく、杯のようなものが見えた。こちらはまた別の種類のようだ。ジョウゴゴケの仲間のようだが、種名まで見極めるのは、試薬との反応を見たりとそう簡単ことではない。
 それにしても、小さな“浅間石”の上に何種類の地衣類が生きているのだろうか。
 その種類を見極めるような目を持っていたら楽しいだろうな、と思う反面、その同定の困難さは図鑑を見ただけでも想像に難くない。今もって研究されずに名前さえついていない地衣類も相当あるようだ。気をつけてみれば至る所にこんな謎多き生命体が息づいているのである。






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