2011年8月


 どうしてなのか、男の子たちは昆虫が大好きだ。一番の人気はなんといってもカブトムシとクワガタ。きれいなチョウとかトンボではなく、強そうな甲虫が人気ナンバー1なのだ。
 弟の小学校3年生になる長男のY輔も、いとこの長男D樹(こちらも小学校3年生)も例外ではない。自分の子供のときもそうだった。小さい頃は、昆虫の中でもカブトムシとクワガタは別格なのだ。
 
 8月半ばころ、Y輔のいる埼玉の弟の家へ行く機会があったので、お土産にクワガタでも持って行ってやろうか、などと考えた。彼らにはおいしいお菓子よりも、クワガタやカブトムシの方がずっと受けるはずだ。それは自分の子供のころの体験からも間違いはないはず。
 そこで、7月のころゼフィルスたちが舞っていた雑木林に、クワガタの姿を見つけに入ってみた。8月のはじめのころ、いとこの長男のD樹がクワガタ採りにやってきて、そこで見事にミヤマクワガタをつかまえていたので、実績のある林である。
 ところが、この日の雑木林は不振だった。午前中という時間帯もあったのだろうけれど、見るからにクワガタのいそうな樹液を出しているコナラでも、そこにいるのはアオカナブンやヨツボシケシキスイくらいしか見当たらなかった。
 しばらくあちこちの樹液を出している木を見てまわって、やっとカブトムシのオスとメスを1匹ずつ、そして種類不明のクワガタのメスを見つけた。だが、それでもパッとしない。
 あきらめて、林から道路へ向かっているときのことだった。まだ細いコナラの幹に、頭を下にした状態で大きなカミキリムシがとまっているのを発見!シロスジカミキリだ。木の表皮を大アゴで齧っているようだ。
 シロスジカミキリは日本で最大のカミキリムシである。この日、初めて見たのではないが、以前これを見たのは思い出せないくらい昔のことである。目的のクワガタよりもはるかに見る機会は少ない。
 せっかくだから、と思ってこれも捕獲した。はたして、Y輔の反応はどうだろう…?
 シロスジカミキリの顔を見ると、かなり凶暴そうな顔つきをしている。小さなカミキリムシならばたいしたことはないのだが、ここまで大きいとその大きな複眼が不気味だ。“目”は言葉と同じくらいものを言うことがあるというが、複眼の目はいくら見てもその奥に考えているものを読み取ることはできないだろう。
 

 シロスジカミキリ  Batocera lineolata   2011.8.14.  榛名山麓

 はてして…。
 釣り餌のブドウ虫の入っていた小さな箱に1匹ずつ詰め込まれたクワガタたちを開けて、喜々としていたY輔はシロスジカミキリの入っていた箱を、開ける前に気がついた。
 「これ、何?」
長い触覚を後ろにされ、小さな箱の中にたたまれるようにきっちりと入れられていたシロスジカミキリは、それでもガサガサと身動きしようとしていたのだった。
 「ぎゃぁ〜!」
用心深く開けようとしないY輔から箱をとってふたを開けると、Y輔が大袈裟に驚いて声を上げた。
 「何、これ?」
 再びY輔が逃げ腰で聞いた。
 箱からつまみだすと、シロスジカミキリはキイキイと音をたてた。鳴いているわけではなく、首(昆虫の首というのは適当ではないが)を動かして、こすり合わせて音を立てているのである。カミキリムシがよくやる技だ。
 「シロスジカミキリ。この口で噛まれると、血が出るゾ。」
 名前を教えつつ、脅しを添えるとY輔はさらに引いた。だが、それは脅しではなく、本当のことで、あの大きな鋭い口(正確には大アゴ)で噛まれたらちょっとひどいことになるのは容易に想像できる。なんといっても、木の幹を齧るのだ。人間の皮膚なんて穴を開けるのは簡単だろう。 
 上翅の両脇をつまんでY輔の方へ差し出すと、Y輔はさらに一歩後退した。つまみながらシロスジカミキリの横顔をあらためて見ると、その何を考えているのかわからないような複眼が突然頭の中から別のものを呼び起こしてきた。ゼットンだ。
 ゼットンとは、「ウルトラマン」に登場した怪獣の一つだ。それも最終回で、ウルトラマンのカラータイマーを破壊して、あろうことかヒーローであるはずのウルトラマンを倒したという実績を持つ“最強”の怪獣である。
 ゼットンの目も無機質のようで、表情というものが全く感じられないものだった。そして、その頭に生えた角のような、あるいは触覚のような2本の突起物は、まるでカミキリムシの触覚のようだ。
 後でわかったことだが、ゼットンはゴマダラカミキリをモデルとして考えられた怪獣だった。確かにゼットンの背中には黒地に白の斑点というゴマダラカミキリの上翅とそっくりの模様がある。だが、このシロスジカミキリをつまんでいたときにはそんなことを知るわけもなく、直観的にシロスジカミキリ=ゼットンが連想されたのだ。ゴマダラカミキリよりもシロスジカミキリの方がずっと大きく、迫力も段違いで、最強の怪獣によりふさわしいではないか…。


ゼットンのモデルとなったゴマダラカミキリ
Anoplophora malasiaca
2007.7.16. 東吾妻町・中野農園
 
 結局、Y輔は一度もシロスジカミキリには触れようとはしなかった。よほど怖かったのだろう。
 「どこかへ捨てて!」
 近くにいてほしくない、というようにY輔は言った。だが、榛名山麓で採ったものを埼玉で逃がすわけにはいかない。
 「アメリカへ捨てて!」
 再びY輔が言った。どうしてアメリカなのかは不明たが、これは“遠いところ”という意味だろうか。怖いものが近くにいては困る、ということかもしれない。

 …というわけで、最強のシロスジカミキリは、再びブドウ虫の小さな箱に押し込まれて、榛名山麓へ帰ってきたのだった。
 シロスジカミキリは、その日のうちに榛名山麓の雑木林に帰って行った。子供たちのヒーローであるカブトムシやクワガタよりも強かったといえる。その強面の顔で、ピンチを脱したみたいだ。
 やはりシロスジカミキリは最強の怪獣・ゼットンだったのだ。



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