2011年5月

楊枝の木


 小さな緩やかな尾根に、そのあたりにはあまり見ない低木が育っていた。
 ちょっと見るとミズキの幼木のようにも見えるが、よく見れば幹は緑色で、枝の付き方や葉の様子はまったく別ものだった。
 「クロモジかも?」
 一瞬、ミズキと間違った連れ合いが、別の答えを出した。茶道をちょっとばかりかじっているので、なじみの木らしい。クロモジはお茶のときに出される和菓子に添えられる高級な楊枝の材料なのだそうだ。
 だが、花もまだつけていない状態で、まだ出たばかりの葉だけではなんとも判断ができなかった。クロモジは、かつて何度か野外で教えてもらったことがあるのだが、印象に薄くてなかなか覚えられない木だったのだ。


葉の下にぶら下がった花
2011.5.16. 東吾妻町萩生

花を下からのぞいてみた

 何日か後。同じ場所を訪れてみた。すると、その木に花がついているのを見つけた。
 若葉の下にたくさんの黄緑色の小さな花をぶら下げていたのだ。前回見たときには何もそんなそぶりも見つからなかったのが不思議だ。つぼみがついていたのだろうと思うのだが、まるでその記憶がない。
 これでこの木の正体がわかるだろう、そう思って、その一枝を折りとった。その折り口からはなにやらよい香りが漂ってきた。これはやはりクロモジの可能性が高い。クロモジといえば、楊枝の材料として知られる木であるが、それはこの香りの効果のためと聞いたことがある。
 すぐに家に帰って、図鑑でクロモジを見てみた。もちろん、折りとった一枝は持ち帰ってきている。
 なるほどクロモジによく似ている。葉は鋸歯がなく、先端は尖っている。全体の形も一致。互生するが、枝の先端に葉が集まるという葉の付き方も。図鑑に載っている散形花序の花もよく似ている。
 しかし、クロモジ!と判定しようとしたとき、別解が現れた。クロモジの葉の裏の葉脈には毛がないはずなのに、ルーペで見ると、見事にたくさんの毛が生えているではないか。これは別種のケクロモジ、あるいはケクロモジの亜種のミヤマクロモジ(ウスゲクロモジ)かもしれない。しかし、ケクロモジの分布をみると、「四国・九州・近畿以西の本州」となっているから、群馬県に存在することはなさそうだ。ということは「ミヤマクロモジ」が最有力候補となることになる。
 だが、しかし… 別のまだ気になる記載があった。クロモジも若葉の頃には葉の葉柄や裏面に毛がある、と。クロモジの可能性もすべて否定することはできそうにない。
 これはもうしばらくして、若葉がしっかりした葉になってからの結論としよう。

 クロモジの仲間は楊枝−それも高級楊枝の材料として使われることが知られている、と先に書いた。クロモジの木が持っている良い香りが楊枝の材料として付加価値を与えているのである。枝を折ったときにもわかったあれだ。もっとも、良い香りの成分は樹皮に含まれているというから、皮付きでなければ意味がないことになる。
 それだけではない。その良い香りの成分から、古くは化粧品や石けんにも使われていたという。あるいは、枝や葉を蒸留することで「黒文字油」という油も作っていたとか。
 さらに、油を作るくらいだから、よく燃えるということで、生木の状態でも焚きつけに利用することが知られていた。また、雪国では、よく曲がって粘り強いということでかんじきの材料にもなっていたらしい等など、その利用は幅広い。
 また、昔は鷹狩りの獲物を結ぶのに使われたとか、狩りの獲物に刺して神への供物としたとか、地方によっては実生活だけでなく、風習としての使われ方もあったようだ。
 どうやら、クロモジは昔はもっと人間になじみの深いものだったようだ。

 …そのうち連れ合いは楊枝を作ると言い出すような気がしてならない。それには、このクロモジだけでは荷が重すぎる。この木はまだまだ幼木だ。まだ捜せば同じような木があるのだろうか。いまのところ、クロモジの楊枝はここでも貴重品といえよう。楊枝が安定供給できるようになるまでにはもうしばらくの時間が必要である。


追 記  2011年6月上旬、葉を再確認したところ、葉の裏にはしっかりと毛がありました。ということで、ミヤマクロモジということで落着としました。



  


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