2011年5月

 咲く 


 4月の下旬から、榛名山麓でも次々と桜が咲いては散っていった。今年は例年に比べ、花の次期が遅れる傾向にあるとはいえ、その順番は変わってはいない。
 家のまわりで最初に花をつけたのは、昨年名前が判明したエドヒガン。つづいて、チョウジザクラ、ほぼ時を同じくして、連れ合いが植えたソメイヨシノとサクランボのできるミザクラが続いた。そして、5月になっても、まだ花をつけていない桜もあった。
 家の入り口付近の道際に生えてきた桜もその一つだった。樹肌からして桜には間違いないのだろうが、まだこれまで花を見たことがなかった。あるいは、以前から咲いていたのかもしれないが、気がつかなかったのか、花の記憶がない。クリやヤマグワの生えている林の間から、まっすぐに上に伸びていたその幹の直径はまだ10cmもなく、すらっとした姿をしている。周囲を木に囲まれ、光が届くのは上しかなかったので、必然的に上へ上へと伸びたのだろう。だが、悪いことにその桜の真上あたりには、一般道から引き込まれてきた電線と電話線が通っていた。
 この桜に、気がつけば花がついていた。5月9日のことである。頭上、それも手の届かないような高さのところで、薄いピンク…というよりもほとんど白に近い花が咲いていた。そして、花と一緒に若葉も茂っている。明らかにソメイヨシノのような咲きかたではない。
 何という桜だろう…?

 
花や葉をよく見ようにも、手が届くところにはない。そこで、脚立を持ってきて、一番下にあった花と葉のついた小枝を折ってみた。
 花は5枚の花びらで、直径は約2.5cmといったところ。花柄の長さは3.5cmで、ルーペで見るとたくさんの毛が生えている。葉の方は先端が鋭く尖っていて、葉の周囲は鋸歯がある。その鋸歯の先端をルーペで見ると何か赤いものがついていた。葉の大きさは、長さ6cm、最大幅は約3.5cmといったところ。幅が最大となる場所は葉の真ん中よりもちょっとだけ先端に近いところだった。そして、長さ1cmほどの葉柄にもたくさんの毛が生えていた。葉の表側にはまばらに毛が生えていたが、裏側には毛はなく、光沢があって、つるつるしているようだった。まだ若葉で、桜餅に使うには柔らかくて良さそうだが、ちょっと小さいかもしれない。
 図鑑と相談しての答えは「カスミザクラ Prinus verecunda 」。
 カスミザクラは花柄や葉に毛があることから「ケヤマザクラ」という別名を持っているという。成長すると樹高は15〜20m、あるいはそれ以上の高さになるというから、かなり大きな木になるはずだ。
 榛名山麓の標高700m前後の場所で、5月の連休後半の頃、葉を出しながら咲いている多くの桜はこのカミスザクラなのだろう。関東平野では桜の話題など昔のこととなっているというのに、自生するたくさんの種類の桜があるおかけで、ここでは長い間にわたって桜を見ることができるのだ。


葉と花の付き方

花を正面から見たところ

 先にも書いたが、このカミスザクラが生えてきたのはクリやヤマグワの生えている隙間のような場所だった。連れ合いはこのヤマグワがあまり好きではないらしい。秋の紅葉の季節に、きれいな色にならないというのもその理由の一つのようだ。だが、実はこの林床にはどこからか飛んできたカエデの実生が少しずつ育ってきている。そして、このカスミザクラも。一説には、自生する桜のなかでは、カスミザクラの紅葉は特別に美しいのだとか。大きくなったカスミザクラとカエデの紅葉は見応えがあることだろう。
 問題は、この桜の頭上を横切っている電線と電話線。そんなに高い所を通っているわけでもないので、うまくいけば電線の上で枝分かれして、障害は起こらないのだろうが、なるようにしかならない。
 クリとヤマグワの林が、いつの日かカエデとサクラの林になるのだろうか。
 “このあたりの紅葉は、パッとしない茶色ばかりで見栄えがしない!”秋の紅葉の季節になると、いつも聞く連れ合いのこんな贅沢な苦情も、そのころには消えてなくなることだろう。問題は、それがいつの日のことになるのかということか。
 昭和40年代に植えられたというここに生えているクリの木も老木化してきているから、案外それは我々が生きているうちに実現するのかもしれない。桜の成長は速いということだし…。



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