2010年11月

アセビの森



2010.11.26. 二ツ岳北東麓のアセビの群落

 11月の下旬、すっかり葉の落ち切ってしまった山道を、オンマ谷の方から二ツ岳の雄岳と雌岳の間を抜けて鷲の巣穴と呼ばれる風穴の方向へ降りた。標高が1000mを超えるこのあたりはとっくに紅葉の季節は終わり、明るい林となっている。
 二ツ岳の山頂付近は大きな溶岩の塊がごろごろしていて、ちょっと昔の火山活動を想像させてくれる。鷲の巣穴へ下る道はこんな巨岩の間を抜けて、急なつづらおりの山道を250mほど下っていくのだった。
 その途中、もう下りも終盤となったあたりで、空のぬけた林の林床付近に妙に青々とした低木の群落があった。そこまであった低木はほとんどといっていいほど落葉低木で、頭上の高木同様に葉は残っていず、たとえまだ枝に葉が着いていたとしても、赤や黄色に変わっていて、もう光合成するような葉ではなくなっていた。地面付近の落葉しないササの葉も鮮やかな緑色というわけでもなく、茶色がかっていたりして、周囲の冬の様相の山に同化しているようだった。ところが、その一帯だけが、季節に関係ないような様子で、みずみずしい緑色の葉が場違いのようにあったのである。そこだけ見れば、もっと下の方にある常緑の照葉樹林のようである。
 近づいてみると、それはアセビだった。人間の背の高さよりも高く、林の中層を占めるようにアセビの群落があったのだ。登山道はそのアセビの中をぬうように下っていた。
アセビはツツジ科の植物である。ツツジの仲間の多くは落葉樹で、この時期には葉を落としているというのに、アセビは常緑樹なのである。見れば、すでにつぼみがついて花の準備が始まっている。
 どうして、ここにだけ常緑のアセビがあるだろうか。
 アセビは「馬酔木」と書く。これは馬がアセビを食うとしびれて酔ったように見えることに由来するらしい。有毒植物としてよく知られているのは、この漢字の名前にもよるのだろうか。
 そういうわけで、草食動物は普通はアセビを食べない。どうして、この植物に毒があるということを知っているのか不思議なのだが、とにかく食べない。あるいは、一度や二度、食して苦い思いをして、学習するのだろうか。
 その結果、草食動物…とくにシカが多い地域では、アセビ以外の植物が食われ、相対的にアセビが繁茂するという事態になるといわれている。榛名山ではどうなのだろうか。
 榛名山で「シカが増えすぎて困っている」という話はあまり聞いたことがない。山麓でイノシシが増えて困っているというのは聞くが、シカの話はない。むしろ山麓ではシカは珍しいものを見たという部類に入るような気がしているくらいだ。
 ところで、生物の中には、他人の毒を自分の武器に変えるようなしたたかな奴もいる。草食哺乳類には有効なアセビの毒も、ヒョウモンエダシャクというガにかかっては、なんの役にも立たない。シャクガの一種であるヒョウモンエダシャクの幼虫の食草はアセビなのだ。“蓼食う虫も好き好き”だが、ヒョウモンエダシャクの幼虫はアセビの葉を食って成長するだけではなく、アセビの毒性分を体の中にため込んで、鳥などに食われないようにするという。普通、武器を持たない幼虫たちは、鳥たちに見つからないように、体を目立たないような色彩にするのに、このヒョウモンエダシャクの幼虫ときたら、誤食されないように、とても目立つ黄色い姿である。
 落ち葉の中の緑色のアセビ、そして、緑色の葉のアセビの中の黄色いヒョウモンエダシャク。両者はある意味、似た者同士なのかもしれない。
 春になったら、見事な花を見せてくれそうなアセビの林、そして、その中にいるかもしれない黄色い毒のある尺取虫を探しにもう一度二ツ岳の山腹へ行ってみたいものだ。


追 記

 2011年5月20日、二ツ岳東斜面のアセビを見に行きました。が、花の時期はほとんど終わりに近く、花が残っていたのはわずかしかありませんでした。 ここの花の時期は5月上旬でしょうか。
 ヒョウモンエダシャクの幼虫は… 見つかりませんでした。 

 
かろうじて残っていたアセビの花
2011.5.20. 二ツ岳東斜面




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