2008年3月

雑木林の謎の穴


 家の近くの雑木林で小さな穴を見つけたのは昨年の冬の初めの頃だった。
 夏の間流れていた小さな沢には水がなくなり、そこは獣道となっていた。そんな水のない沢筋を観察しながらどんどん下っていくと、集落の近くまできてしまった。そこで、沢の斜面を上がり、手入れのされていない雑木林を突っ切って、上の道路まで出ようとしたときのことである。
 雑木林はしばらくの間手入れされていないらしく、低木が行く手を邪魔する。加えて倒木もあったり、フジの蔓がからみついていたりして結構歩きづらい。そんなわけで、障害物の少ない所を見つけながら、右へ行ったり、左へ行ったりと彷徨する羽目になってしまった。もっとも、山奥で道に迷ったというわけでもなく、家の近くの雑木林をうろうろしている程度のことなので、心配はまったくないのだが。
 そんなことをしばらくしていると、いくつかの窪地が見つかった。いずれも直径が2mくらい、深さは50cmといったところだろうか。緩やかな傾斜でお皿のような形をした穴である。あるいは隕石が落ちたときにできるクレーターのような形にも見える。
 いくつかの窪地を見ていくと、ときどきその中に大きな石があるのを見つけた。なかには石垣のように石が積み重ねられているものもある。これは…炭焼きの跡だ。
 人のほとんど入らなくなった荒れた雑木林の炭焼きの跡はまるでなにかの遺跡のようにも見えた。
 謎の穴はそこのひときわ大きい炭焼き跡にあった。窪地を上からのぞき込むと、すり鉢状になった斜面の比較的上の方に黒い土がむき出しになっているのが見えた。近づいてみると、掘り返した土が盛り上がっているのだった。そして、そのすぐわきに横穴が開いていた。何者かが横穴を掘って、中の土を外へ掻き出した状況である。穴は北側に開いていて、南向きとなっている。掻き出した土の状況からしてそんなに古いものではなさそうだ。
 炭焼き跡の窪地の中に入って、その横穴をのぞき込んでみた。穴の大きさは直径20cmくらい。まん丸ではなく、横につぶれたような形で、上下方向はもっと狭そうだ。中は真っ暗でこの穴がどこまで続いているのかはわからない。
 この穴を掘ったのは何者なのだろうか。キツネ?ウサギ?タヌキ?アナグマ?…?
 一瞬にして頭の中に候補者たちがよぎっていく。
 キツネが穴の中で子供を育てるというのはよく知られている。
 ウサギも飼っているとたくさんのトンネルを掘っているのをよく見かける。だが、穴を掘るのはカイウサギで、このあたりにいるノウサギは穴を掘らないはずだから、ウサギの可能性は低そうだ。
 タヌキは穴を掘らないと書いてあるのを読んだことがある。穴の中にすんでいるのだけれど、自らは掘らず、アナグマなどが掘った穴を利用させてもらっているのだとか。とはいえ、この穴の主がタヌキではないということも言い切れない。家にたびたびやってくるのが目撃されているタヌキの家はここなのかもしれない。
 穴を目の前にして、しばし座り込んで考えた。見ていると、穴の奥から主が顔を出してくるのではないかと錯覚を感じてしまう。だが、もちろんそんなことはない。静かな時間が雑木林に流れていくだけだった。


      2007年12月27日の穴の状況
 溶け残った雪が少し穴の周辺に見えている。中央に黒く見
えているのが掘り出された土。穴は掘り出された土の上部に
開いている。



 いくら想像しても答えは出てこない。
 やがて本格的な冬がやってきた。たまにその謎の穴へ様子を見に行くが、特に変わった様子もなく、生活の痕跡もなかなか見つけることができない。
 そして、穴も雪に覆われた。雪が積もれば、雪面に足跡が残るはず…と、雪の残っているときに穴の様子を見に行ったこともあったが、足跡を見つけることもできなかった。この穴の主は冬の間ずっと穴の中でまどろんでいるのだろうか。あるいは、別の出口があって、ここの穴の入り口は使われていないのだろうか。それとも、もうこの穴は誰も使っていないのか…?



3月16日、意を決して、この穴の前に赤外線センサーでシャッターを切るカメラを設置してみた。それまで、家から少し離れたところになるので、無人カメラを置きっぱなしにしておくのを躊躇していたのだけれど、なんとしても穴の主が気になって仕方ない。
 カメラを設置してから7日後、カメラの様子を偵察に行った。セットしたらあまりその場所には近づかない方がいいのだろうけれども、時としてこのカメラは木漏れ日などにも敏感に反応してしまい、1日のうちに36コマのフィルムを終わらせてしまうことがあるので、油断できないのである。
 カメラのカウントは順調に進んで、「16」を示していた。これは良い感じだ。何かが写っている可能性が高い。だが、まだフィルムが終了するまでには枚数があるので、もうしばらく置いておくことにした。
 カメラを回収したのは3月28日。カウントは「21」まで進んでいた。期待を込めて現像に出した。デジカメの場合は直ぐに結果がわかるのだが、銀塩フィルムは現像が出来上がってくる間があって、その間に期待はどんどん膨らむ。
 現像が上がったフィルムをルーペで慎重に一コマずつ見ていく。
 期待に反して、ほとんどが昼間の間にシャッターが切れたものだ。動物が写っているとすれば暗闇の中で写っている確率が高いというのに、夜間に撮影されたものはほとんどない。明るい中でシャッターが切れたのはおそらくは誤作動である。

 そんな中、一枚だけ、あった。そして、そこにはあきらかに動物が写っていた。例の穴から離れたところでこちらを見ている。ネガではよくわからないが、大きな耳が特徴的に見える。ネコ…?
 すぐにスキャナーでネガを読み取ってポジ画像で見てみると、それはネコなどではなかった。イタチか!? 白い顔と茶色っぽい毛。イタチは下の沢が通り道で、何度か無人カメラがとらえていたからそこにいても全くおかしくはない。しかし、よく見ると、ちょっと違う。
 イタチにしては胸から下が黄色っぽい。写っている前足は黒と茶色がはっきりしていて、イタチよりもこの特徴はテンだ。
 いままでこの付近で、もしかしたらこれはテンかも…?という足跡は見つけたことはあったけれども、現物は見かけたことはなかった。
 あの穴の主はテンなのか?テンのねぐらは樹洞などだということは読んだことはあったけれど、土に穴を掘って入ることもあるのだろうか。ここでアナグマでも写ってくれれば解決!というところなのだけれど、テンという意外な動物の出現ではなんとなくすっきりはしない。穴からテンの顔がのぞいているというのなら問題はないのだが。
 だが、12日の間、カメラが穴を見張り続けた結果、写った動物はこのテンだけだったという事実も動かしがたい事実なのである。

 謎の穴の主は本当にテンなのだろうか…。






 穴の手前で前足を上げてカメラを見ているテン。
 写真中央上の方に穴がある。









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