今年は東京でも雪が降った。その様子をニュースが伝えていた。子供たちがわずかに積もった水っぽい雪を丸めて泥んこの雪だるまを作っている。関東平野で暮らしていると、雪だるまは黒っぽいのが当たり前で、雪だけでできた白い雪だるまなどできるはずなどないと思いこんでしまう。もちろん、自分が関東平野にいるときもそうだった。
そんな映像をぼんやり見ているうちに、子供の頃には作れなかった白い雪だるまを作ってみたくなってきた。ここなら、雪だるまが何個でも作れるくらい雪がある。
雪の残った庭に出てみると、さらに考えは発展した。どうせなら“かまくら”にしよう!
TVで見る豪雪の地域で作られた白い小さな家のようなかまくらは、子供のあこがれとしては、十分な魅力を持っていた。雪の家の中で餅を焼いて、ローソクの灯の中で遊ぶなんて… とてもうらやましく思ったものだ。
しかし、雪のほとんど降らない関東平野では、頑張っても雪だるままでで、かまくらは夢のようなものだった。とにかく、雪の絶対量が足らない。たとえある程度積もったとしても、時間との勝負で、作り終えるまでに水っぽい雪がどんどんと溶けていってしまうから、ほとんど完成には至らないのであった。
− ここには、大量とはとても言えないけれど、ちょっとした雪がある。そして、十分な寒さもある。降ってから何日もたつというのに、庭先の白い景色はそう変わってはいないのだ。
さっそく、プラスチック製の雪かき用のスコップで雪を集めにかかった。犬小屋の脇にどんどんと雪を集めていく。巨大な雪山を作って、後で穴を掘り抜こうというわけだ。
雪は関東平野の雪とは大違いで、さらさらの雪である。スキーで滑ったら気持ちいいだろうという雪だ。握っても、なかなか固まらず、サラサラと砂のように落ちていく。
いつの間にか、どこかで見ていたらしい連れ合いもスコップを持ってやってきた。
形などかまわず、ひたすら付近の雪を持ってきては積み上げる。ときどき固めようと思って、雪をバンバンと叩くが、サラサラ雪は崩れるばかりで、山腹にはくっついてはくれない。山頂に放り投げた雪はサラサラと落ちてきて、裾野を広げていく。
小一時間もやっただろうか。犬小屋の脇には雪の山ができあがった。山頂は人の目線より高い。けっこう息もあがってきた。
「形が変だよ。」連れ合いが言う。
当たり前である。まだ雪を積んでいるだけなのだから。しかし、形を整えようにも、サラサラ雪はどうにもならない。これはもっともっと積んで、あとでいい形に削るのが良いようだ。作る前には、穴を掘って出てきた雪をもういちど外側にくっつけて、大きくしようなんて思ったのだが、それは甘い考えのようだ。
「メシでも食いに行こうか。」
陽が傾き、いい加減つかれてきた。このままでは形にならないから、一晩寝かせて、夜の冷気で固まってもらうことにしよう。関東平野では溶けてしまう心配もあるが、ここでは大丈夫だ。
2日目。
陽は昇り、雪の小山を照りつけているが、溶けている様子はない。触ってみると、少しは固まっているようだ。ここで削って形を整えようかと思ったけれど、ちょっと欲が出た。
まだ、周囲には新鮮な雪がたくさんある。昨日は疲れ果てて、ここまで…、と思ったけれど、作れるのなら、もっと大きくしよう!
再び雪集め。スコップで雪を山の山頂に放り上げ続ける。
お昼も近づいた頃。いまだかつてないほどの雪の山ができあがった。とはいえ、TVで見るような立派なかまくらにはほど遠いのだが−。
そのころになると、ちょっとは気温が上がり、雪も少しは固まるようになってきた。そこで円すい形のような山裾を削っては山腹に貼り付け、形を整え始めた。
仕事がら(?)、連れ合いは形を作るのには慣れている。側面に雪を貼り付け、尖っていた山頂を平らに削り、円錐形だった雪の小山は、まんじゅう型へと変わってきた。しかし、やはり高さが足りない。
だいたい形が整ったところで、ひとまず終了。ちょっと気温が上がったので、雪の粒が溶けて、お互いがくっついてくれそうだ。この状態で冷えれば、しっかりとくっついて頑丈な雪の固まりになることだろう。穴を掘るのはその後だ。
夜。ドライブから帰ってくると、巨大な雪の塊はいい具合に固まっていた。
さっそく、雪の穴開けに取りかかった。スキーウエアに着替え、ヘッドランプの明かりをたよりに穴を掘る。昼間、雪集めに使ったプラスチックのスコップでは役に立たず、金属でできた土を掘るのに使うのにスコップで掘る。入り口は小さく、中は広く… と思い描き、雪の塊にスコップを突き立てた。
最初は正面から奥に向かって、横穴をどんどん掘り進む。そして、穴の両脇へ…。
壁に穴を開けてしまったら大変なので、注意しながら、壁の厚さを十分にとりつつ進む。
穴を掘るだけならわけない… と思っていたが、なかなかどうして結構手強い。横が広がったら、今度は上だ。スコップがなかなか穴の中に入らない。そこで小さな移植ごてで天井を掘ってみるが、これでは歯が立たない。いろいろ試してみたが、やはりスコップにかなうものはみつからなかった。
穴に身を半分入れるようにして天井を掘る。当然、頭の上に雪が落ちてきたりもする。これは結構冷たい。地道に、地道に、冷たい思いをしながら天井を崩していく。
30分も掘れば出来上がるだろう…。と始める前は軽く考えていたのだが…、やはり、考えは甘かった。だいたい予定時間というのはオーバーするものだ。
1時間以上もかかってようやく終了。おそらくはまだ掘り進めることもできるだろうが、ここまでやって壁に穴を開けてしまっては脱力感も相当なものになりそうなので、無理はしないことにした。雪の壁が厚ければ長持ちすることだろう。
しかし、中に入って餅を焼いたり、くつろいだりするのはちょっと無理。遭難した雪山で緊急のビバークに掘った雪洞といったところか…?
中に入ってみると、ライトに照らされた内部の雪の壁は青白く見えた。雪に雑音が吸収されるのだろう、音が消える。ちょっと世間から隔絶されたような錯覚を感じる。
連れ合いも入ってみた。外からその様子を見ると、入口がやけにライトで明るく浮かび上がってみえた。しかし、なんといっても窮屈そうだ。“実用”とするにはもっともっと大きく作らねばならない。
“実用”になるとすれば氷室としてくらいか。ここでは尾根から落ちて家の北側に積もった雪は4月まで残っていたりするからこの雪の塊なら5月まで残っているかもしれない。
しかし、やはり人が入ってくつろげるのを作ってみたい。狭いながらも、作ったかまくらの中に入ったときの世間と隔絶されたような雰囲気は捨てがたい。
今度は中を掘り抜くのではなく、雪のブロックを積み上げていくイグルーのようなものにしたらどうだろうか…。いつ降るともわからない大雪を期待し、巨大なかまくら制作プロジェクトは頭の中でかってに動き出しているのである。いつの日か、人が入ってくつろげるような雪の家がここにできる… かもしれない。
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