2008年1月ガラメキ温泉を探せ! |
国土地理院の地形図「25000:1 伊香保」。榛名湖の東側をカバーするこの地形図の中に「ガラメキ温泉」の文字がある。 榛名山の東麓(より正確には東南東麓)、標高890mの位置である。地形図を読みとると、榛名山の東側のもっとも新しい外輪山の一つである相馬山から南東へ延びている尾根の南西面にあたる。地形図で見る限り、近くまでは道路を示す=が延びているが、道路から離れた山の中である。 榛名山の地形図を見るたびにいつも気になるポイントの一つだった。 道の無い山の中にポツンとかかれた温泉マークと共に「ガラメキ」とカタカナで書かれた日本語離れ(?)した名前が妙に過去の時間と空間を醸し出しているようで目を引きつけるのである。 調べてみると、ここは明治〜大正の頃栄えた温泉で、終戦後まもなく、榛名山南東麓に広がる相馬ケ原が自衛隊の演習地として接収された際、立ち退きとなって絶えたものであるらしいことがわかった。一説では、1800年以上前に発見され、寛永年間に再興されれたとも伝えられている。発見の歴史は、伝説のようなものが含まれているのかもしれないけれど、いずれにしても、その歴史ははるか過去にまで遡れることは間違いなさそうである。 |
1月のある日、このガラメキ温泉を見つけに出かけた。 地形図をにらんで立てた作戦は、榛名湖畔から松之沢峠をへて大沢川にそって陸上自衛隊相馬ヶ原演習場の西側へ下る県道28号線の途中から、ガラメキ温泉の近くまで延びている鷹ノ巣山の南側を巻くようにしてある林道を行き、本当に道がなければ、後は地形図とGPSを頼りにヤブコギでもして、たどり着こうというものだった。 県道28号線から鷹ノ巣山の南側へ行く林道の入り口はすぐに分かった。だが、厳重に進入禁止のゲートが閉まっている。クルマで進入するのは不可能だった。そこで、県道を少し上がって、ロッククライミングのゲレンデとして有名な黒岩の近くにある駐車スペースにクルマを止めて、歩くことにする。 1月だというのに雪はない。ゲートを越えて林道に入ると、一応簡易舗装はされているものの、一般車の通行は全く考えていないらしく、荒れている。砂防ダムを造るのに作られたもので、すでに役割を終えた道なのかもしれない。 やがて、沢の水が道路を横切っている場所についた。鷹ノ巣山を西と東にはさんで流れ下る榛名白川の西側の流れである。橋を造るよりも、道の上を流してしまおうという設計で、工事用の車両が走れればいいというくらいの作りだったのだろう。辺りの林は落葉し、下草も枯れているというのに、水の流れている周囲にはオランダガラシ(クレソン)がみずみずしい緑色の葉をつけていた。ちょっと違和感を覚える風景である。そして、沢に沿っては何カ所もイノシシの仕業らしいヌタ場が続いていた。 流れを苦もなく越えると、鷹ノ巣山の南をぐるっと回り込む道となる。ここまでくると道路はあちこち崩壊し、崖崩れの岩が数カ所で道をふさいでいた。それだけではなく、ときおりパラパラと小石も落ちてくるから崩壊は進行中でもあるようだ。残されたガードレールの内側にも低木が生え始め、林道はまた林に戻っていこうとしている。 そんな荒廃した林道にもオフロードバイクやマウンテンバイクのものと思われる跡が残されている。地図上、この林道は行き止まりになっているはずだから、彼らの目的地もやはりガラメキ温泉だったのかもしれない。 歩きはじめて50分程たったころ、再び沢が林道を横切る。榛名白川の東側の支流である。どうしたわけか、この沢沿いにもオランダガラシが自生している。ところどころに砂防ダムが造られ、その上流側の堆積物がたまった場所には青々としたオランダガラシが群落を作っているのである。温泉水でも混じって、暖かい環境にでもなっているのだろうか。 そんな沢筋に人見知りしないカヤクグリがちょこんと顔をのぞかせた。ウソもやってきて口笛のような声で鳴いている。水のあるところはやはり生命が豊かなのだ。 沢を越え、さらに荒れた林道を行くと、地形図にはない道が現れた。榛名白沢の谷沿いに相馬山へ登っていく道のようだ。その道を見送り、さらに行くと今度は下っていく道が現れた。これは地形図に破線で記されている道らしい。ここを下ることにする。するとすぐに道は3つに分かれた。これも地形図にはない。だが、もう目的地はすぐ近くになっているはずだ。GPSで確認しても100mは離れていないことを示している。 あたりを見まわしてみると、竹がヤブを作っているのが目についた。榛名山の山腹の林とは明らかに様相が異なっている。自然の状態でこんなところに竹が生えているのはなんとも不自然なものだ。人の気配が急に身近に感じられてきた。ガラメキ温泉は近い!! 3つに分かれた道のうち左の道を行くと、すぐに石垣が見えた。今のものではない。昔の人の手で築かれた不揃いの石を組み合わせた石垣である。その手前には平坦な広場。まるで駐車場のように見える。よく見れば、その駐車場のように見える広場も石垣の上にできている。 これがガラメキ温泉なのか…!? なおも進んでいくと、石垣が次々と現れてくる。傾斜地に石垣が続き、その上には平坦地。おそらくこれは昔の建物の跡地。1つの建物ではなく、少なくとも数件の建物があったのだろうということをうかがわせる痕跡である。石碑もいくつか見える。 石畳のような道が沢の方へ続いていた。沢の真ん中にも石碑がある。沢筋の真ん中に作られた石碑が倒れることもなく、土砂に埋没することもなく、すっと立っているのが不思議だった。 沢の水に手を入れてみると、ほのかに温かい。温泉だ!! 沢のほとりに立って上流側を見ると、円形の蓋のようなものが見えた。近づいてみると、「ガラメキ温泉」の小さな板きれが置かれている。まだそれほど古くはないようだ。 やはり、ここはまぎれもなく、ガラメキ温泉だった。 金属製の丸い蓋をとると、直径60cmくらいの円筒形の“お風呂”が現れた。一人が入るのがやっとといったところ。家庭用のユニットバスよりもはるかに狭い。ときどき下の方からボコボコ…と泡が上がってくるから、なにやら湧きあがってきているのは確実のようだ。そして、ほのかに湯気も上がっている。まさにそこが温泉だった。 手を突っ込んでみると温かい。だが、温泉として十分な暖かさというと、そういうわけでもなく、周囲の気温が7℃と冷え込んでいるため、相対的に温かく感じるくらいだ。夏に手を突っ込んだらあまり温かいとは感じられないかもしれない。 持ってきた水温計を入れてみると、水温計の赤い液体は27℃を示す目盛りの所で止まった。これでは、いくら何でもこの季節に入るのは無理だ。寒稽古のつもりでなければとても“入浴”なんてしたくない。 これはいったいどうしたことか。ガラメキ温泉が営業していたころはもっと温かいお湯だったはずだ。榛名山の活動が衰えたため温度が下がってしまったのか。それとも、沢の水が流れ込んで温度を下げているだけなのか…? 奇妙な名前の温泉は、今や遺跡のように音もなく、動ものもなく、そこにあった。いく重にもつみ重ねられた石垣と石碑だけが在りし日のガラメキ温泉の様子を伝えてくれている。おそらくはここにいた人たちが植えたのであろう竹は無造作に広がり、60数年の時の流れを示していた。 “遺跡”にはどこか無常の気配が漂っている。源泉からほのかに立ち上る白い湯気が少しだけその気配を和らげてくれている気がした。
|
林道は荒れ、林へ還ろうとしている。 鷹ノ巣山の周囲の林道は崖崩れが多発。 残っていたガラメキ温泉の石垣 沢筋にいくつもの石垣が重なるようにある。 ここがガラメキ温泉! この穴が、温泉なのだ。 石垣の横には石段も残る。 生えるままになっている竹が、 昔の人の気配を伝えている。 |