2007.8.

夜の雑木林


 真夏の雑木林の夜。
 昼間の間、ギラギラ照りつける強い日射にもめげず大合唱していたエゾゼミの声はさすがにもうない。賑やかな、やかましいほどだった昼間とは全く違って、雑木林の夜は静寂な世界に変わる。ときおり、思い出したようにカエルの声が響くくらいなものである。

 ペルセウス座流星群の極大日の頃のこと。庭にサマーベットを出し、寝ころんで夜空を見ていると、雑木林のどこからか、そんな静寂を破るかのように「ギャー… ギャー… 」という声が聞こえてきた。それまでも夜になると、ときどき聴いたことのある動物の鳴き声である。鳥の声にはとても思えない。ちょっとネコがケンカしているような声にも似ているが、明らかにネコの声ではない。この声はいつもしばらくの間、連続的に鳴き続けているのである。
 連れ合いはハクビシンかも…?なんて言う。たしかにネコの声に似ていて、ネコの鳴き声をかなりワイルドにしたようにも聞こえるから、ネコの仲間=ハクビシンという発想は良い線をいっているように思えた。
 静まりかえった夜に「ギャー ギャー」という声は不気味でさえある。だか、どうしたわけか、タヌキやイノシシがやって来たときには狂ったように吠えるホタルは犬小屋から出てこようともしない。

 翌日も、謎の不気味な声はやって来た。

 その翌日も…。
 この日は夕食時だった。家の中にいても、「ギャー ギャー」という声が聞こえてきたので、近くまで来ているはずと思って、懐中電灯を掴むや外へ出てみた。ホタルはといえば、あいかわらず犬小屋の中。
 謎の鳴き声は家の前の方から聞こえてくる。静かに鳴き声の方向へ向かっていくと、どうも、声は地上ではなく、木の上の方から聞こえてくる。地上を歩く獣ではないようだ。
 声のした方角を見定めて、懐中電灯で照らしてみる。が、案の定、葉に被われた木の上には何も見つけることはできない。照らされても鳴き声が止まらないところを見ると、光は届いていないのかもしれない。
 すると、今度は違う方向から同じような鳴き声が聞こえてきた。さては、飛び移ったか!?
 だが、次の瞬間、さっき光を当てた方向からも鳴き声が聞こえてきた。1匹ではなく、もう一ついたのか…。
 そして、今度はまた別の方向から、「ホー… ホー… …ゴロツク ホー ホー」というフクロウの鳴き声。久しぶりに聴くフクロウだったが、どうしたわけか、とてもしわがれたような声である。これも近くにいる。謎の声はあいかわらず断続的に鳴き続けている。
 しばらくすると、別の方向からもフクロウの声。さっきのフクロウが飛んでいったのかと思ったのだが、最初の声がそれに答えるかのように鳴き返す。フクロウも1羽ではなく、2羽いたのだった。そして、新しく現れたフクロウも渋いしわがれた声だった。こんな渋い声のフクロウの声は聴いたことがない。
 今度は謎の声が家の裏の方でした。あいかわらず、さっきの2つの声は鳴き続けているから、第三の個体の出現である。行ってみると、こちらも木の上の方から聞こえてくる。
 雑木林の真ん中に立つ家が謎の声に取り囲まれている状況である。
 さらに、第三のフクロウの声も聞こえてきた。ちょっと離れたところで、こちらは聞き慣れた良い声のフクロウだ。
 結局、そう広くない範囲の雑木林に3羽のフクロウと3匹の謎の生物がいることになる。
 いつもの静寂な夜の雑木林がにわかに騒々しくなっていた。

 さて、フクロウはいいとして、この謎の声の主は何者なのだろう。
 最初に候補にあげられたハクビシンは確かに樹上にいることがある。だが、本物の声を聴いてみると、あんなふうな「ギャー ギャー」という声とは違う。
 「ムササビじゃない?」と連れ合いが再び候補を挙げた。
 ムササビなら木の上にいてもおかしくない。またまた、良い線をいっているかもしれない。
 鳴き声は… 実際の音を探し出す事できなかった。しかし、ムササビについて書かれているいろいろな資料を見ると、「女性が殺されているような声」とか、「ギャーギャーという不気味な声」とかある。確かに、それらしい。そして、天敵はテンやフクロウとも。
 ムササビとフクロウ。妙なところで一致が見つかった。
 もしかして、あのムササビはフクロウに追われていたのだろうか。それにしても、合計6匹のムササビとフクロウが家の周りの雑木林で飛び交っているというのはただごとではない。
 フクロウも、ムササビも子連れだったのか。
 そして、そもそも、謎の声の主は本当にムササビなのか。

 翌日。ムササビの巣を探しに雑木林に入った。ムササビのテリトリーは約1haと資料にあったから、そう遠いところに巣があるとは思えない。謎の声がムササビなら、近くに巣があるはずなのだ。
 ムササビの巣は木に開いた穴など。キツツキが開けた穴や、自然にできた穴などを改造してねぐらとするらしい。神社やお寺にある巨木に住み着いたムササビの話はよく聞く。
 ムササビの住める場所にはムササビが隠れることのできるような穴のあいた木があるはず。したがって、ある程度の太さがなければ、ムササビの巣にはならないから、探すのは大きな木ということになる。
 夏の雑木林は蚊の巣窟である。おまけに、クモがあちこちにトラップを仕掛け、行く手を阻む。冬の雑木林を歩くのに比べ、なんと不快なものの多いことか。
 穴の開いた木というのはそう簡単に見つかるものではない。大きな木を見つけては、ぐるっと一回りして、穴の有無を調べる。何本も何本も見て、やっとひとつの穴が見つかった。

 カラマツに開けられた2つの穴。カラマツは枯れているわけでもなく、青い葉が茂っている。おそらくアカゲラが開けたのだろうと思われる穴である。だが、ただそれがアカゲラの古巣ではなく、現在も使われているのではないかと推測されるのは、穴の下の部分の樹皮がすり減って、まわりに比べて赤く見えているからである。それは、何者かが穴の下から爪を使って登っていき、穴に入っているということを予想させる痕跡であった。だが、穴の大きさはどうみてもムササビには小さすぎる。モモンガなら入れるだろうが、ムササビにはとても無理そうだ。
 結局、真夏の雑木林の捜索で見つかった木の穴はこれだけ。 

 夜の雑木林の謎は深まるばかりである。

 

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