イチゴジャム   2007年6月
 「イチゴジャムを作ったよ。」
 仕事から帰ると、得意そうに連れ合いが言った。見れば4つのビンのジャムが誇らしげに並んでいる。
 春先、連れ合いが庭に植えたイチゴは今年よく成長して、たくさんの実をつけていたのだった。ただ、売られているイチゴに比べ、大きさと味と見た目と言う点においてはまだまだ勝負にはなっていない。
 そんなわけで、生食するのではなく、ジャムにしようと、毎日少しずつ赤く実ったものを採っては、せっせと冷凍庫にため込んでいたのである。
 
 − イチゴなら他にもある!
 雑木林の中には、黄色くて美味しいモミジイチゴ。そして、もうすぐ完成するであろう望遠鏡の小屋の前にはクマイチゴが赤い実をたくさんつけていた。
 実は、このクマイチゴの群れは、これまでどうせニガイチゴだとろうと思われていて、以前から連れ合いが「刈り取ってしまえ!」などと邪険な扱いをしていたものだ。このクマイチゴに限らず、木イチゴの仲間は、新しく切り開かれたような陽当たりの良い荒れ地に最初に入り込み、ヤブをつくる。そして、バラ科であるイチゴの仲間はみんな鋭いトゲを持っていて、一度ヤブを形成してしまうと、うかつにはその中へ入ることさえ困難になるのだ。
 名誉挽回のチャンスである。今まで邪魔者として見られていたイチゴのヤブであるが、実がついている今を置いて、その存在感と有用性を示すときはないだろう。
 さっそく、真っ赤に熟した実を数個採って、口の中へ入れてみる。予想以上に甘い。ニガイチゴよりも少し甘いくらいかな… と思っていたのだけれど、ここのクマイチゴを見くびっていた。
 そこで、いくつか熟した実を手のひらに載せて、連れ合いのところへ持って行って見せると、これまた予想外の言葉が返ってきた。
 「もう食べているよ。2、3日前から…」
 なんということだ。あれほど「切ってしまえ!」と言っていたのに、食べられる実がつくやつまみ食いをしていたとは。 
 「これでジャムを作ってみたら?」
 これでジャムができれば、このクマイチゴの株も一段と上がることだろう。クマイチゴに成り代わって?聞いてみる。
 「でも、種が多くて、集めるのも大変だし…」
 連れ合いはどうも乗り気ではない。それでも、300gくらいあればジャムが作れるという。300gは小さなボウルに一杯というところだ。だが、たしかに小さな実を集めて300gにするのはちょっと大変そうだ。
 どうなるだろうかと思いながらも、そのボウルを持って、再びクマイチゴの茂みに戻った。小さな熟した実をひとつずつ摘んでは、ボウルに入れていく。もちろん、ときどきは自分の口にも入れながら。
 とりあえず手の届くところにある実は大体採り終わった。だが、やはりそれだけでは足りない。そこで、もっと高いところにある実を採るべく脚立を持ってきた。斜面に生えているため、上の方についている実ははるか頭上となっているのだ。しかし、脚立に登って採れる実はそう多くはなかった。もっと採るためには、ヤブの中へ入るしかない。
 このイチゴのヤブは強力なヤブだ。山の中でヤブ漕ぎをするにしても、こんな密度の濃いトゲだらけのヤブは極力敬遠したいものである。
 たちまち、体のあちこちにトゲの引っ掻き傷ができた。おまけに何かに刺されたようで痒くなってきた。だが、ヤブの中は連れ合いもつまみ食いしていなかったらしく、大きな熟した実がたくさんついていて、目標のボウル一杯のイチゴは程なく集まったのである。 270g。量ってみると、わずかに300gには足りなかったが、ジャムにはなりそうだ。あとは連れ合いにお任せである。



                次々と熟していくクマイチゴの実

しばらくして、家の中に戻ってみると、すでにジャムは完成していた。
 「種が多くて…。」とちょっと連れ合いは不満そう。見れば、確かにビンに詰められたできたてのクマイチゴジャムはゴマでもまぶしたようになっている。しかし、採った本人としては畑のイチゴと変わらない色にかなり満足である。
 食後、さっそくヨーグルトに入れてみた。真っ白いヨーグルトの上に置かれたクマイチゴジャムをスプーンでかき回すと、すぐにとけあって、赤紫色に変わってきた。
 味はといえば、ちょっと酸味のある甘い味で、癖はない。“種が多くて…”という問題の種も見た目よりは嫌みはない。しかし、そんなことは別にして、庭先の野性のイチゴが保存食になったということがうれしいではないか。
 かくして、野性イチゴは名誉を回復し、庭の一角にその居場所を確保することができたのだった。






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