満  天  の  星       2006.9




 9月半ば。北の冷たい空気と、南の暖かい空気が日本列島の上空でせめぎ合いを続け、動かなくなってしまった秋雨前線。いつ晴れるという見通しもないまま、毎日の天気予報が曇りや雨の予報を飽きもせず伝え続けていた。
 台風13号が北上してきたのはそんなときだった。日本海を北上した台風13号は秋雨前線を蹴散らし、台風の過ぎた関東地方の上空には、秋の乾いた空気が入り込んできた。

 夜、標高700mの自宅に帰り着くと、空は満天の星。頭の上には雲と見間違えるような天の川。その流れは西に傾いたハクチョウ座から北の空高く昇ったカシオペア座にかけて、南西ほど濃く、北東へ行くにしたがって淡く続いている。
 夏の大三角は西に傾き、代わりにペガススの四角形が空高く光っている。天の川の東側にはどう結んだら星座になるのやら…というみずがめ座、うお座、といった地味な星座達が空を占めている。さらにその東にはくじら座の大きな姿が横たわっている。1等星の見あたらない秋の星座たちは自己主張することなく、静かにそこにあった。関東平野の中にいたら、もしかしたら秋の空の星達の光はほとんど見ることができず、その空が晴れていることすらわからないかもしれない。
 
 これだけきれいに晴れたのは久しぶりだ。5月から続いている不順な天候は夏の間もほとんどすっきりとした星空を見せてくれることはなかった。
 このチャンスを見のがす手はない。着替えもそこそこに、すぐに望遠鏡の準備にかかった。三脚の上に赤道儀を載せ、バランスウェイトを取り付ける。延長コードを引っ張ってきて、電源をつなぐ。赤道儀の上には口径76mmの屈折望遠鏡を載せた。望遠鏡のバランスを取り、極軸を合わせてセット完了。それでも、なんだかんだと30分近くはかかってしまった。
 すでに午前11時を過ぎている。ハクチョウ座は西に傾き、夏の星座が西の林の向こうに沈みつつあった。気温よりも、風よりも、植物の変化よりも、夏の終わりを実感する風景だ。
 久しぶりに見る秋の空に望遠鏡を向けてみる。ペガススの四角形から続くアンドロメダ座。M31・アンドロメダ星雲が肉眼でもぼーっとその存在がわかる。望遠鏡では細長い姿が視野いっぱいに広がって見える。さんかく座の三角形をはさんではM33。さすがに弱い視力の自分の眼だけでは見つけることはできないが、望遠鏡のファインダーなら十分わかる。260万光年彼方と計算されている光は、そう弱いものではなかった。
 秋のさみしい空に転じてみる。ペガススε星からこうま座の方へたどったところにあるM15・球状星団。ぼうっと広がった姿は明らかに恒星とは違って見えている。そこから南へ望遠鏡を振ると、今度はみずがめ座のM2・球状星団が視野に入ってくる。こちらはM15よりも淡い光のようだ。それでも写真に撮ってみると、球状星団のひとつひとつの星が分解して写ってくれた。
 みずがめ座とくればNGC7293・惑星状星団も見てみたい。みずがめ座の目立たない星をNGC7293に向かってひとつひとつたどっていくと、あれ…?ファインダーの中に木立が入ってきてしまった。これは確かヤマグワの木だ。雑木林を切り開いた庭からは予想以上に地平線近くの星は見えない。NGC7293はまたの機会としよう。
 東の空には冬の賑やかな星たちが昇ってきている。コナラの林の向こうに見え隠れしているのはぎょしゃ座の五角形。そのやや上にはプレアデス星団が明るく輝いている。望遠鏡を向けてみると青白い無数の星が視野いっぱいに広がった。
 そのプレアデス星団の写真を撮るために、カメラのシャッターを開けている数分の間、夜の散歩にでかけてみた。
 公道へ続く敷地内の雑木林の中の小道は足下がよく見えないような暗闇。その雑木林のトンネルを抜け、道路に出ると、急に星空が広がった。公道とはいえ、深夜の榛名山麓を走る自動車など滅多にいない。虫の声だけがやけに耳に入ってくる。
 榛名山の山頂の方向にはすでにオリオン座が横たわっていた。庭からでは林に邪魔されて、まったく見えなかった冬の王者である。そして、南にはフォーマルハウト。秋の寂しい星空の中でただひとつの一等星である。この孤高の光も庭からは見えない。
 帰り道。再び雑木林の中のひときわ暗い闇を行く。すると、道脇の草むらに黄緑色の小さな光が光った。終わりかけたツリフネソウの中のようだ。気をつけてあたりを見まわすと、ここにも、あそこにも… いくつもの黄緑色の小さな光が見える。漆黒の闇の中で、ぼっーとした黄緑色の光が雑木林の星をつくっていた。初夏のころ見たホタルの光とまったく同じ黄緑色の光。飛ばないヘイケボタルが草むらで光っているようだが、点滅はしないし、光もとても弱々しい。
 正体を確かめるためにペンライトをつけようかと思って、やめた。おそらく、ライトに照らし出されるのは、ヘイケボタルとは似ても似つかないような幼虫の形をした昆虫だろう。陸生ホタルの幼虫かもしれない。でも、今日のところは、雑木林の星としておくことにしよう。

 天には満天の星。そして、雑木林の中もささやかな満天の星。



                                                         
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