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                                                   2006.6.25.  東吾妻町箱島



 小雨の降る深夜。榛名山の南側を流れる烏川にかかる橋で信号待ちをしていると、雨粒のついた窓の外で黄緑色の光が光った。ホタルの光だ。たったひとつだけ。烏川の水辺から道路の上にまで上がってきたのだろう。もっとたくさん飛んでいるのかと、クルマに乗ったままあたりを見回したけれど、それだけだった。

 数日後、同じ場所を午後9時すぎに訪れてみた。ホタルが飛ぶ時間帯としては、ちょっと遅いのだが、仕事の都合上仕方ない。それでも、以前見かけたのはもっとずっと遅い時間だったから、見られる可能性は高いはず、と思ったのだ。
 今度は橋のたもとにクルマを止めて降りてみる。エンジンを切ると、烏川の流れの音が急に大きく聞こえてきた。だが…、いない。しばらくの間、近くをウロウロとしていたのだけれど、見つからなかった。
 そして、さらに数回、同じ場所でクルマを止めて探したのだけれど、残念ながら、ホタルの光は見ることができなかった。
 

 6月になってから、各地でホタルのニュースが伝えられるようになっていた。
 榛名山麓でも、ホタルのニュースがあった。榛名山の北麓にある箱島の湧水。ここが「保護地」となっていてホタルが見られるという。
 そこでさっそく、休日の夕方から連れ合いと出かけてみた。
 榛名山の北側を巻くように走っている通称“日陰道”から箱島の湧水への曲がり角を曲がるとすぐに、警備の人に車を止められた。何事か!?と思っていると、なにやら駐車場へとクルマを誘導しようとしている。窓をあけて尋ねると、ホタル見物のための駐車場はここだというではないか。箱島の湧水からはかなり下の場所である。静かな場所で、数匹のホタルが飛んでいる姿を想像しながら来たので、いきなり出現の駐車場係りと駐車場にはとても違和感があった。おまけに駐車場にクルマを入れれば、フジテレビのクルマまで止まっているではないか。
 クルマから降りてホタルの「保護地」というところまで歩いていくと、すでに十数人の人たちが来て待っていた。まだ薄暗くもなっていないような時間帯である。そんな人たちを前にボランティアの人が声高に説明をしていた。
 何もすることがないので、ちょっと離れたところで、ベンチに腰をおろし、時を待つ。とにかく暗くならなければ見えないのだ。待つしかない。見えるようになるのは午後7:40頃らしい。まだ1時間もある。
 夕闇が近くなってくると、人はだんだんと増えてきた。箱島のある旧東村で、ここはおそらく人口密度が最大となっていたに違いない。そして、同時にブヨやカも良いカモが来たとばかりに人の群れに向かって集まってきた気配がある。最近あまり見ることのなかった蚊柱が立っていた。
 午後7:30を過ぎる頃になると、そう広くない保護地は人であふれかえっていた。柵によって水辺との境が区切られているのだが、その柵に一列には並びきれないような状態である。静かにホタルを観察…とはほど遠い。お祭り騒ぎとまでは言わないけれど。
 いよいよ薄暗くなってきた様子に、みんな目を皿のようにして思い思いの方向を見ている。空に一番星を誰が一番早く見つけるか、なんて競っているみたいだ。
 最初に光ったのは水辺から林に入った所だった。森の中は早くから暗くなっているので、光るのも早いのだろう。ゆっくりと光っては消えた。まだ、飛ばない。まだ周囲の様子がわかるくらいの暗さでは、ときどきゆっくりと光る程度でしかない。
 ちょっとすると、今度は手前の草むらの中でも光が見えた。ホタル特有のルシフェリンとルシフェラーゼの酵素反応で発生する黄緑色の光。振り返れば、後ろの草むらでももっと弱い黄緑色の光がチカチカしている。ゆっくりとした明るい光はゲンジボタル、弱いせわしない点滅をする光はヘイケボタルのものだろう。
 やがて、山のシルエットがわからなくなる頃、黄緑色の光が、すぅっ〜と移動しはじめた。そして、その数がだんだんと増してくる。低いところでは、ヘイケボタルのせわしない点滅が忙しく交差している。
 すっかり暗闇に包まれるころになると、ゲンジボタルの明るくゆっくりとした点滅と、ヘイケボタルの弱いながらもせわしない光が一緒になって、あたりを飛び回るようになった。想像していた以上のものすごい数のホタルである。人間のギャラリーなんてお構いなしに気の向くままにユラユラと飛んでいる。まるで光のコンサートだ。
 もっと早い時期であったなら、ゲンジボタルが多いというから、もっとゆったりとした力強いシンフォニー。さらに時期が進めば、ヘイケボタル主体のジャズセッションといったところだうろか。
 やがて、9時近くなろうという頃になると、次第に光が少なくなってきた。全然なくなってしまうというわけではないが、最盛期に比べてずっと少ない。本日のクライマックスは終了というところだろう。
 
 帰り道。榛名山の北麓を流れる深沢川でクルマを止めて降りてみた。もしかしたら、ここにもホタルがいるかもしれないと思ったのだ。
 すると、クルマの上空を明るいたったひとつの光が点滅しながら飛んでいるのを見つけた。これはゲンジボタルの光。ついさっき見た盛大な数のホタルの光と比べてなんともさびしい光に思えた。
 それでも、誰にも助けられず、人知れずここで生きてきたのだ。
 手のひらに止まった。沢の水音しか聞こえない深い闇の中で、一瞬手のひらを明るく照らし、また闇の奥に消えていった。





2006.6.

ホタルの光