雑木林のヤマボウシの花に梅雨の晴れ間の光があたる
玄関の靴箱の上の一輪挿しにヤマボウシの花が挿されていた。どこからか連れ合いが折り採ってきたらしい。花は白い大きな4枚の花びらと、真ん中に緑色の球形の小さな塊でできているように見える。白いかざぐるまのようだ。
ところが、実際は花びらのように見える4枚の白いものは、植物の体の作りからすると花びらではなく「総苞」と呼ばれる葉の変化したもので、本当の花は真ん中の緑色の球体にまとまってたくさんついているものであるという。おりしもマタタビの葉も白い化粧を始めた頃で、全く種類は違うけれど、同じような変化を見せてくれるものである。
この真ん中の緑色の球体をよく見ると、ヤマボウシの実の姿を知っている人なら、すぐにこれが秋には赤い実となってサクランボのように長い柄の先にぶら下がる姿を想像できることだろう。まだ秋の頃の実の大きさに比べれば小さいけれど、まわりにある白い花びらのような総苞が落ちて、これだけが大きく育っていくのだ。そういえば、秋に目にする実の表面には小さな丸いデコボコがあった。あれは花の跡だったのだ。
このヤマボウシの実を最初に見たのは、十数年前の11月の上旬、奥秩父の白泰山へ続く尾根だった。埼玉県大滝村(当時・現在は秩父市)栃本から白泰山の頂上へ向けて息を切らせていると、目前に大きな木にいっぱいの赤い実をつけたヤマボウシが秋の遅い紅葉の中で風に揺れていたのだった。当時は何の実であるかもわからず、ただ美味そうな実としか見ることができなかったのだが、山の中で突然出逢った食べられそうな木の実に、なにかワクワクしたものだ。
春先、街の中にはヤマボウシに似たハナミズキの花が咲く。街路樹としてあちこちに植えられているのである。ハナミズキはアメリカヤマボウシという別名があるくらいだから、花が似ているのは当然でヤマボウシの仲間なのである。…というよりも、ヤマボウシもハナミズキもミズキ科ミズキ属に属しているので、みんなミズキの仲間といったほうが良いのかもしれない。
街の中に咲くハナミズキに比べて、ヤマボウシの花はまばらである。ハナミズキほど賑やかに咲くことはない。それでも、雑木林の中であんな白い大きな花がたくさんついているヤマボウシの木に出逢ったら、そこだけ輝いたように見える。サクラの花の頃はまだ林の木々にほとんど葉がなかったのに対して、ヤマボウシの花の時期は、すっかり深い緑に覆われてしまっているので、緑のなかに白い大きな花が浮き上がって見えるというわけである。似てはいるけれど、やはりハナミズキは街路樹の花で、ヤマボウシは山の、それも雑木林の中で、他の木々に混じって咲く姿が似合う。ハナミズキを雑木林に連れてきても、どこか場違いな感じがしそうだ。
梅雨空のはっきりしない空の下、昨夜の雨に濡れた白いヤマボウシの花が輝いている。ヤマボウシには失礼かもしれないが、ヤマボウシの白い花には青空はあまり似合わない。緑の葉と白いヤマボウシの花のコントラストは、強い陽射しではまぶしすぎてしまうのだ。この時期の曇った空のやわらかい陽射しが、白いヤマボウシの花を引き立ててくれるように思う。自然の巡り合わせは、実によくできている。
そして、ヤマボウシの赤い実にこそ、秋のさわやかな青空。
この榛名山麓のヤマボウシが、あのときの奥秩父のヤマボウシのように豊かに実って、秋の澄み切った空気の中で色づいた姿を見せてくれるのが待ち遠しい。