TOPへ戻る

戻る

カメラをセットした様子。開いている穴は、センサーとレンズとストロボ。

イタズラをしていったのはシャム猫の野良だった。

最初にカメラのシャッターを作動させたのは鳥だった。
 3度目の正直。一晩のうちに3回もシャッターが落ちたという事実から、いやが上にも期待は高まる。
 できあがってきたインデックスプリントには… 写っていた。一枚だけではあるが、何者であるかがわかるくらいに。ノラネコではない。正真正銘のタヌキであると思われた。ストロボの光が夜の闇にのみこまれようとするまさにそのへりにこちらを向いて立っている。
 
 
 小さなネガをフィルムスキャナーで読み込むと、夜の雑木林にタヌキの姿が映しだされてきた。
 尾根の向こう側からこちらへ向かってやってきたようで、コナラの幹の向こう側で、カメラ目線で写っている。見慣れないカメラの収まった木箱を怪しんで立ちすくみ、目を凝らした時にシャッターが下りた具合だ。思い描いたような雑木林の夜の光景だった。
 大成功!
このタヌキはどこから来て、どこへ行こうとしていたのか…?
 たった一匹で夜の雑木林を歩き回っていたのだろうか…?
 仲間は…?
 タヌキの背後に写っている暗闇の奥には何が潜んでいるのだろうか…?
 そして、夜の雑木林にはいったいどんな物語が展開していることだろうか…?
 その画像を眺めていると、次から次へと想像が湧いてきて、いつまでも飽きることはなかった。
  

 2回目の現像に出したのは1月28日。
 懲りずに3日間同じ場所に同じ状態でセットして待ったのである。
 カメラ店の店頭で「御自分のものかどうかちょっと確認して下さい」と言われて、インデックスプリントをチラッと見た。とたん、ドキッとして急に心臓が高鳴りだしたのがわかった。一瞬見た小さなインデックスプリントには夜の雑木林でストロボが発光して、なにやら動物の姿らしいのが写し込まれているのが見えたのだ。
 駐車場のクルマのシートに座って、心を落ち着けて、もらったばかりのインデックスプリントを取り出して見た。
 はたして…。たった一コマだけ夜に撮影されていて、そこには確かに動物らしい姿があった。だが、なにぶんにもインデックスプリントでは小さすぎて何者であるかはわからない。それでも、何かが写ったということは間違いない。成功だ!
 しかし…、クルマを運転しながら、興奮が次第に冷めてくると、妙にそこに写っている動物の姿が引っかかってきた。はっきりわからないまでも、白っぽく見える胴体に頭と思われる黒い部分。もしや…、こいつは家のまわりをうろついているシャム猫…?
 盛り上がった気持ちは、急速に沈み込んでいった。


 天気予報と相談しながら、次は2月2日にカメラをセットしてみた。この間、リサイクル店のジャンク品の中から210円でストロボを買ってきて、ちょっといじってみたら動くようになったので、調子の悪かったストロボを変えて見ることにする。
 2月2日、3日。カメラのカウンターは進まない。
 4日、今度は家の北側の雑木林の尾根の上にカメラの位置を変えた。この尾根にはウサギとテンらしい足跡が残っていたことがある。
 5日、6日。変化なし。
 6日には雪が降った。
 さっそく、雪の雑木林へ入ってみる。雪があれば、動物の足跡が残っているはずだ。
 積もったばかりの雪の上にはウサギの足跡があった。それも悔しいことに、以前仕掛けておいたカメラの場所をしっかりと通過している。カメラの位置を変えなければ…と悔やんでもどうすることもできない。
 カメラを設置しておいた少し上の尾根上にもウサギの足跡が残っていた。ウサギは尾根の向こうからやってきているようだ。そこで、再びカメラの位置を変更して、ウサギの足跡のついている所を狙ってみる。ウサギが再び同じ所を通れば、ウサギが撮影できるし、その足跡を追ってきたキツネやテンやタヌキが通りかかれば、それでもよし、である。雑木林の足跡を見ながら、勝手に都合よく予測を展開して、またまた、イメージを膨らませて、コナラの林の間にタヌキの姿を描いてみた。
 7日、8日…。
 カウンターに変化があったのは9日に見に行ったときのことだ。
 前日から3コマもカウンターが進んでいる。これは、何か来たかもしれない。フィルムは途中であったが、ここで巻き戻し現像へ出すことにした。
 タヌキ撮影装置とその入れ物(雨よけ)が完成して、さっそくの撮影。
しかし、雑木林に積もっていた雪は消え去り、落ち葉が見えるようになっていた。野生動物を撮影してやろうと思いついたときには雪面に足跡が残っていて、はっきりとした獣道ではないにしても、足跡の傾向があって、ある程度カメラをセットする目安はあったのだが、雪が消えてしまうとその位置もよくわからなくなってしまっていた。
 1月16日、夕方。あたりがもう暗くなってくる頃。
とりあえず、おぼろげになってしまった記憶を頼りにして、家の近くのウサギの足跡がたくさん残っていたあたりにカメラを置いてみることにする。
 ISO400のフィルムを装填し、カメラに付けたのは標準50mmレンズ。ストロボをアクセサリーシューにセットして、シャッタースピードは1/60に合わせる。この辺に、こう動物が出てくる… と、仮定して、レンズのピントを決めておく。レンズの絞りはF11。できるだけ絞った方がピントは全体的に合うのだが、絞りはストロボの威力とフィルムの感度に関係するので、いくらでも絞れるというわけではない。
 カメラとストロボとセンサーをセットして、センサーからのコードをカメラのワインダーにつないで完了。
 念のため、カメラの向いているあたりを横切ってみる。すかさず、ストロボの閃光が光って、シャッターが落ちた。そして、すぐにワインダーが次のフィルムを巻き上げる音が聞こえる。完璧だ。
 あとは動物が出てくるのをコタツに入って待っていればいい。成功する前から、もう撮影できたときの画像が頭に浮かんできた。

 翌日。期待にワクワクしながらセットしたカメラのチェックに出かけた。
 だが… 現実はそうは甘くなかった。まったくカメラのカウンターは動いていない。昨日セットしたままの状態でカメラはそこにあった。センサーの前を横切ってみると、虚しくストロボが光り、シャッターが落ちた。システムは完璧に動くのに、なにもやってこなかったのだ。やはり、これが現実…。
 天気予報ではこれから天気が崩れるかもしれないと伝えているので、ひとまず、中断。雨よけを作ったとはいえ、レンズ、センサー、ストロボの部分はむき出しである。できることなら、雨は避けたい。

 1月21日。作戦を変えて、再びセット。今度は、足跡の記憶は無いのだけれど、家で出る生ゴミを捨てている場所の近くにカメラをセットすることにした。ちょっとフェアとは言い難いが、ゴミをあさりに来るかもしれない動物を想定してのことだ。
 そして、カメラのレンズの焦点距離をより広角の35mmのものに変えた。センサーの感知する範囲が想像以上に広く、50mmのレンズではセンサーが感知してシャッターが作動しても写野外になってしまうことが考えられたからである。
 カメラのファインダーをのぞいて、そこに写し込まれたタヌキの姿を想像して、その場を離れた。ちょうど流星の写真を撮ろうとして、空にカメラを向け、いつ流れるかわからない流星を待ちかまえているような気分である。

 22日、23日、24日、25日、26日…。
 カメラのカウンターはそう大きな動きはしていない。毎日、カメラのチェックに行くたびに、動作の確認をするので、カメラは人の姿や手を写してカウンターが進んでいくくらいだ。それでも、何コマかは確実に人間のいないときにシャッターが落ちているから、希望はある。
 過大な期待を込めて、フィルムを現像に出した。デジカメならその場で結果がわかるが、フィルムではそうはいかない。現像が上がるまでの時間、期待は自ずと高まってくる。はたして数個コマのシャッターは何に反応して、何を写し込んでいるのか…。
 現像が上がると、カメラ店の駐車場のクルマの中で急いでインデックスプリントをチェックしてみる。
 だが、パンパンに膨らんだ期待は、見事に粉砕。頭の中に描いていた雑木林のタヌキの姿はどこにも無かった。写っていたのは、自らの姿と手・足。わずかに2コマには飛んでいる鳥の姿が、種類の判別もつかないようなピンぼけでそれもブレた姿で写っていた。さらに数個コマは真っ暗な状態でシャッターが落ちていた。夜、何かに反応したのだろうが、ストロボが光らなかったのだろう。どうも、ストロボの調子は思わしくない。

         2006.2.                        

タヌキ・撮影に成功!