TOPへ戻る

戻る
    

たどったコースをで表示
クリックすると大きくなります



    居鞍岳山頂
   落ち葉の中から顔を出した三角点



   山頂北側にあった祠
  




踏み跡もなく、葉に埋もれた尾根筋

 榛名湖を取り囲むようにしてある榛名山の外輪山のさらに外側に「居鞍岳」という1340.1mのピークがある。榛名山の最高峰の掃部ヶ岳をはじめとして、榛名富士、相馬山、二ツ岳、烏帽子岳といった榛名湖の周囲の山には整備された登山道があって、たくさんの登山者に歩かれているのに対し、この居鞍岳はどこか忘れられた感がある。
 榛名山の紅葉も終わった11月の下旬、この居鞍岳の山頂をめざした。
 最初の計画は、国道145号から深沢川にそって榛名湖へ続いている県道28号線(高崎榛名吾妻線)の標高1000m付近から居鞍岳へ続く尾根へ取りつくはずだった。ところが、自動車で何度この道を上り下りしてもこの取りつきがわからない。そこで、榛名湖から掃部ヶ岳をめざし、そこから居鞍岳へ続く尾根をたどることにした。登山地図では掃部ヶ岳から居鞍岳へのルートが赤い実線で描かれているからこれは確実だろう。
 曇り空のもと、榛名湖から掃部ヶ岳へ。周囲に低いササの茂った登山道はしっかりと掃部ヶ岳へ続いている。迷うはずもない。ほどなく榛名山の最高峰へ到達した。山頂には中年の男性が二人。しばらくして、途中で追い越してきた中年の女性二人も到着した。さすがに榛名山の最高峰である。人の気配が濃い。
 問題はここから。山頂の標識には、榛名湖を示す道標と、西にある杏ヶ岳を示す道標しかない。山頂にいた人たちも、そこから北にある「居鞍岳」という山の存在を知らなかった。
 居鞍岳はここから北の方向に伸びる尾根の先にある。そして、掃部ヶ岳の山頂からは道標こそないけれど、確かにそちらの方向にも明確な道がある。
 しかし、居鞍岳への道を下りはじめると、すぐに踏み跡はかすかなものとなってしまった。これは登山道ではよくあること。おそらく、杏ヶ岳への道へ行こうとした人が誤ってこちらの道へ踏み込み、ちょっと歩いたあとで、どうもおかしいと思って引き返した結果ついた踏み跡のようだ。間違ったと思って引き返すから、同じ場所を二度踏むことになって、本来の登山道よりも立派な道にさえ見える。実際、掃部ヶ岳の山頂から始まる居鞍岳への道は、杏ヶ岳への道よりも本物らしく見えていた。
 踏み跡の薄い緩やかな尾根道を北西の方向へ下っていく。葉のすっかり落ちた林は曇り空なのにかなり明るい。膝下くらいの低いササがまばら生えてはいるけれど気になるほどではない。かすかな踏み跡を拾いながら、そしてときどきある赤いテープに導かれるようにして斜面を下る。だが、しばらく踏み跡らしいところをトレースしているうちに、その踏み跡がだんだんと谷の方向へわずかずつ近づいていることに気がついた。このままでは古賀良山の下の方へ行ってしまいそうである。仕方なく、正規ルートと思える方向へ緩やかな山腹をトラバースする。夏草の生い茂ったような山腹をトラバースするのとちがって、この時期はどこでも歩こうと思えば歩けるので案外気は楽だ。
 案の定、たいしたヤブ漕ぎもすることなく居鞍岳へ続く尾根に戻ることができた。尾根には明瞭な尾根筋には踏み跡がしっかりとついている。やはりどこかでルートを踏み外していたらしい。
 けれど、その明瞭と思える踏み跡も、尾根に沿って歩いていくとときどき薄くなったり、消えたり、と気を許すわけにはいかない。
 やがて、踏み跡は木の葉にすっかり覆われるようになってきた。広葉樹の落ち葉が降り積もり、風に吹かれて落ち葉の吹き溜まりを作ったりして、ときとして膝下くらいまでの落ち葉が尾根に溜まっていたりしている。
 行方には誰も踏んでいない、雪でも積もったかのような落ち葉の原がずっと続いている。音といえば自らの足のかき分ける落ち葉のガサガサという音のみ。ふと立ち止まると、シーンとして、不気味なくらいの静けさが山に戻ってくる。自分の周囲数百mの範囲では何も動くものがない。
 ここしばらく誰もここを歩いていないようだ。それは、自らの歩いてきた跡をみればよくわかる。自分の歩いてきたあとだけが妙に落ち葉が乱れ、汚くなっているように見えているのだ。きれいに降り積もった雪の上に足跡がついたようなものである。数日(数週間?)ぶりに人間が踏み込んだというところだろう。それほど離れてもいない榛名湖の観光地の賑わいが嘘のようである。
踏み跡はすっかり厚い落ち葉の下に隠されてしまった。地形をたよりにルートを決めるしかない。ちょうど雪に覆われてしまった山で、地図読みをするようなものである。
やがて、居鞍岳の南側の鞍部で、行く手の左側の谷から続いてきたらしい荒れ果てた林道と出あった。「林道」というよりは、すでに廃道といった方が正確だろう。やっと自動車が走れるような幅で斜面が切られてはいるが、道の真ん中にも樹木が生え、もはや林道としての機能は持っていなかった。ここを通過できるのは、ヤブ漕ぎ覚悟の人間だけに違いない。
 この鞍部から一気に南斜面を登り切ると、そこが居鞍岳の山頂だった。三角点と、立ち木に付けられた「居鞍岳1340.1m」の標識がそれを示している。しかし、そこも厚い落ち葉に覆われ、人の匂いなどまったく感じることはなかった。
 居鞍岳の山頂から北へ下る。膝までの落ち葉をかき散らしながら、高度を下げていく。山腹のあちこちには、ひと抱えもあるような大きな広葉樹がそびえ立っている。もちろん、枝にはまったく葉はついてはいない。そこについていたたくさんの葉は、いまや山腹を絨毯のように厚く覆っているのである。
 忘れ去られたような、人の匂いのしない雑木林。そこには、同じ雑木林でも山麓の人の手の入った雑木林とはまったく異質なものがある。標高1000mを超えるところにある林の環境はやはり山麓のものより厳しい。その厳しさの空気が伝わってくるのだろうか。
 やがて、行く手に落ち葉のかき乱された跡が現れた。イノシシが食べ物を探して、鼻先で落ち葉をかき分けていった跡だろう。掃部ヶ岳からの道を分けてから初めて遭遇した動物の痕跡だった。それでも、不思議と何かホッとする思いが湧き起こってきた。それは山麓の雑木林と同じ気配を感じたからだろうか。そして、山麓で暮らすうちに、いつしかイノシシも身近な存在となっていたということなのだろうか。
 榛名山はもうすぐ雪に覆われる。冬の深まりにつれて、その人の匂いのしない林の分布はさらに山麓へと下がってくるのかもしれない。

   
         尾根に残っていたイノシシが餌を探したらしい跡



2006.11.

居鞍岳の雑木林